トリプトファンとは
●基本情報
トリプトファンとは、牛乳から発見された必須アミノ酸[※1]のひとつです。乳製品や大豆製品、ナッツ類などの様々な食物中のたんぱく質に含まれています。食物から摂取されたトリプトファンは、肝臓や腎臓で分解され、エネルギー源として利用されます。また、トリプトファンは脳に運ばれると、ビタミンB6やナイアシン、マグネシウムとともにセロトニン[※2]を生成します。このセロトニンが不足すると、睡眠障害やうつ状態、不安感などが引き起こされます。脳内のトリプトファン濃度が高まるとセロトニンが増えるとされ、催眠剤や鎮痛剤としての効能が期待されています。アメリカでは栄養補助商品として販売され、不眠の解消や精神安定効果を期待する人々に利用されています。
●トリプトファンの過剰摂取
トリプトファンを多く含む食材として挙げられるのは、牛・豚・鶏のレバー、小麦胚芽、牛乳、チーズ、バナナ、大豆、アーモンド、かつお、まぐろなどです。これらの食材を食事に取り入れると、不眠やうつ病などの解消を促すことができます。トリプトファンは体内で合成されない必須アミノ酸であるため、毎日摂取しなければなりませんが、体が必要とする以上に摂取してしまうと、肝臓で脂肪の変化が起こり、肝硬変を招く恐れがあります。ラットによる実験で、トリプトファンは肝臓の脂肪に変化を引き起こすことがわかっています。肝硬変の患者の場合、長期的に摂取すると脳内にトリプトファンが増えてセロトニンが過剰になり、脳の機能が低下して昏睡状態に陥ってしまいます。トリプトファンは催眠剤や鎮静剤に用いられますが、長期に渡っての服用は危険であるといわれています。
●トリプトファンを摂取する際の注意点
トリプトファンの適量摂取は、精神を落ち着かせ不眠やうつ病などの解消を促してくれますが、過剰な摂取や疾病、それに伴う服薬などとの組み合わせにより、副作用が起こる可能性があります。
うつ病治療の抗うつ剤との組み合わせにより、血圧や心拍数の変化や脳血管収縮障害などが起こる場合がありますので、投薬・服薬をしている場合は、事前に医師への確認が必要です。
[※1:必須アミノ酸とは、たんぱく質を構成する20種類のアミノ酸のうち、体内で合成することができない9種類のアミノ酸のことです。食品から摂取しなければならないアミノ酸で、欠乏すると血液や筋肉、骨などの合成ができなくなります。]
[※2:セロトニンとは、ノルアドレナリンやドーパミンとともに、体内で特に重要な役割を果たしている三大神経伝達物質のひとつです。ノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑えて心のバランスを整える作用のある伝達物質で、セロトニンが不足すると精神のバランスが崩れて、うつ病などの精神疾患を発症するといわれています。]
トリプトファンの効果
●不眠を解消する効果
トリプトファンは脳に運ばれると、ビタミンB6やナイアシン、マグネシウムとともに神経伝達物質であるセロトニンをつくる原料となります。セロトニンには寝つきを良くする睡眠効果や、興奮や不快感を鎮めて精神を安定させる効果があり、不足すると睡眠障害や不安感が現れます。
セロトニンは、脳の松果体でメラトニンに変換されます。メラトニンは体内時計の調整を行う働きがあり、睡眠サイクルを正常にしたり、時差ぼけに効果があるなど睡眠と密接な関係を持っています。アメリカではトリプトファンは天然の催眠剤として、催眠効果や精神安定効果を期待する人々に人気があります。【1】
●アンチエイジング効果
トリプトファンには、体内で発生した活性酸素[※3]を除去する作用があることから、アンチエイジングの効果があるとされています。「若返りの薬」ともいわれるメラトニンの分泌量は年齢を重ねるほど減少するといわれており、脳内のトリプトファン濃度が高まればセロトニンが増えてメラトニンとなり、老化防止に効果があると期待されています。
●鎮痛効果
アメリカのテンプル大学健康科学センターで、トリプトファンが鎮痛剤としての働きを持つことを証明する実験が行われました。あごに慢性的な痛みをもつ患者のグループにトリプトファンを投与してセロトニンの濃度を高めたところ、痛みの軽減に加え、歯に痛みが加えられたときの耐性も強くなったとの報告があります。
●集中力、記憶力を高める効果
トリプトファンは、ドーパミン[※4]やノルアドレナリン[※5]といった神経伝達物質をつくるために、チロシンと一緒になって働きます。ドーパミンとノルアドレナリンとは、ホルモン調節に関わり、気分を高揚させてやる気を生み出すホルモンです。これまでの研究では、脳や行動障害の治療に役立つことが分かっており、不眠症やうつ病治療への効果も期待されています。オハイオ州立大学医学部の研究によれば、子どもたちに1週間トリプトファンを与えたところ、学習能力について良い結果が得られたという報告もあります。【2】
●月経前症候群(PMS)を改善する効果
トリプトファンを摂取することで、鎮痛作用や精神を安定させる効果があるため、月経前のイライラや体の不調を改善できる効果があるといわれています。【3】
●その他の効果
免疫系に働きかけ、コレステロール値や血圧を調整する、性機能を高める、更年期障害の症状を緩和するなど多くの効果があります。
[※3:活性酸素とは、普通の酸素に比べ、著しく反応性が増すことで強い酸化力を持った酸素のことです。体内で過剰に発生すると、脂質やたんぱく質、DNAなどに影響し、老化などの原因になるとされます。]
[※4:ドーパミンとは、交感神経節後線維や副腎髄質に含まれるホルモンの一種です。運動機能やホルモン調節機能の他、快感、多幸感などに影響を与えます。ドーパミンが不足すると、手足の震えや筋固縮などのパーキンソン症状が起こりやすくなります。]
[※5:ノルアドレナリンとは、神経を興奮させる神経伝達物質の一種であり、人間を含めて動物において脳内で一番多く分泌されています。ストレスを受けると放出されるため「怒りのホルモン」とも呼ばれています。]
食事やサプリメントで摂取できます
トリプトファンを含む食品
○乳製品
○大豆製品
○ナッツ類
こんな方におすすめ
○ぐっすりと眠りたい方
○心身が疲れている方
○不安や緊張から開放されたい方
○ストレスをなくしたい方
○集中力をアップさせたい方
○月経前のイライラや体の不調を改善したい方
トリプトファンの研究情報
【1】睡眠障害(入眠潜時が30分以上)を持つ男性15名を対象に、トリプトファンを1日あたり1g を摂取させたところ、睡眠障害が改善されたことから、トリプトファンに睡眠障害改善や不眠症改善効果が期待されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/469515
【2】トリプトファンが欠乏した餌を摂取させたラットは、学習能力が低下する傾向が見られたことから、トリプトファンが学習能力や脳機能に重要な役割を果たすと考えられています。
【3】月経前症候群の患者71名を対象に、トリプトファンを1日あたり6 g の量で17日間摂取させたところ、気分の変調や緊張、イライラなどの月経前症状が改善されたことから、トリプトファンに月経前症候群改善効果が期待されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10721042?dopt=Abstract
参考文献
・日経ヘルス サプリメント大事典 日経BP社
・清水俊雄 機能性食品素材便覧 特定保健用食品からサプリメント・健康食品まで 薬事日報社
・天笠啓祐 遺伝子組み換え食品 緑風出版
・Hartmann E, Spinweber CL. (1979) “Sleep induced by L-tryptophan. Effect of dosages within the normal dietary intake.” J Nerv Ment Dis. 1979 Aug;167(8):497-9.
・厚生省精神・神経疾患研究平成元年度研究報告書 (1990) “脳発達障害の発現機序と対策に関する開発的研究” 1990: 25-30
・Steinberg S, Annable L, Young SN, Liyanage N. (1999) “A placebo-controlled study of the effects of L-tryptophan in patients with premenstrual dysphoria.” Adv Exp Med Biol. 1999;467:85-8.
・則岡孝子 栄養成分の事典 新星出版社
・中村丁次監修 最新版からだに効く栄養成分バイブル 主婦と生活社