ワサビとは?
●基本情報
ワサビとは、日本原産の数少ないアブラナ科ワサビ属の香辛野菜です。刺身を食べる日本固有の文化に根ざした世界に誇る香辛料のひとつです。ワサビを食用として利用するのは、世界的に日本と台湾、中国の一部の地域だけといわれており、食中毒予防や生魚の消臭などに効果的です。日本の主な産地は、長野県や静岡県、岩手県、島根県です。
一般的にワサビといえば、沢ワサビ、あるいは畑ワサビのことをいいます。沢ワサビは、水ワサビともよばれ、常緑多年草[※1]で、北海道から九州まで深山の渓谷に自生しています。
畑ワサビは、陸(おか)ワサビともよばれ、植物学上は沢ワサビと全く同じもので、比較的湿気の多い冷涼な土地で栽培されたものをいいます。
ワサビは栽培環境に対する適応性が狭いため、地域ごとに様々な品種が栽培され、加工利用されています。
ワサビの根は、すりおろしてほとんどそのまま薬味として、また茎葉も辛味があり、そのまま刺身のつまなどに用いられるほか、茹でておひたしや漬物に利用され、ワサビは優れた抗菌作用を持ち、これに着目したフィルム状やシート状の製品が市販されており、お菓子やお惣菜などに利用されています。
●ワサビの歴史
ワサビが日本で最初に登場する文献は、918年に醍醐天皇に仕えていた侍医が編んだ「本草和名[※2]」です。また日本で最初の漢和辞書でも、食をすすめるワサビの効用が記され、1276年「日蓮上人御遺文集」には、もらったワサビに対する上人のお礼の言葉が記されています。よって、この頃にはすでにワサビが食用として用いられていたとされています。室町時代になると、刺身のつまとして、あるいはそばの薬味として自生ワサビが利用されました。本格的に、庶民の食卓に広がったのは文化・文政年間(1804~1830年)に「松の酢(すし)」でサバの臭いを消すのにワサビを用い、現在の東京都中央区である江戸霊岸島の寿司屋与兵衛が握り寿司を考案してからといわれています。
<豆知識>ワサビの調理
ワサビ特有の鼻に抜けるツンとした辛味の主成分は、アリルイソチオシアネート(AIT)です。ワサビはそのままの状態では辛くなく、すりおろして組織を傷つけることによって初めて辛味が発現します。これはワサビの細胞内に存在する配糖体[※3]であるシニグリンが空気に触れてアリルイソチオシアネート(AIT)が生成されるためです。よっておろしの金の目が細かいほど、多くの細胞が空気に触れるため、香りや辛味が強くなり、殺菌効果も高まります。さらにすりおろしたワサビを口に入れたときに、辛いながらもほのかに甘さを感じるのは、同時にブドウ糖が生成されるためです。またレモンの酸味とも相性がよく、抗酸化力[※4]向上に役立ちます。
●ワサビの選び方と保存方法
ワサビは、茎の太さが上から下まで均一で、太くみずみずしいものが良品とされています。乾燥に弱いため、水で湿らせたキッチンペーパーに包み、ポリ袋に入れて冷蔵庫で保存します。ワサビの表皮が黒ずんできても、厚めに皮をむけば、風味を損なわずに味わうことができます。
●ワサビに含まれる成分と性質
ワサビは、食物繊維やカリウム、カルシウム、数種類のビタミン類を含んでいます。その中でもビタミンCの含有量100 gあたり75 mgであり、柑橘類に劣らないほど豊富に含んでいます。しかし使用量が少量であるため、栄養素よりも辛味成分の薬効の方が大きいことが特徴です。
[※1:常緑多年草とは、1年中葉を落とすことなく常に緑を見ることができ、茎の一部、地下茎、根などが枯れずに残り、複数年にわたって生存する草のことです。]
[※2:本草和名とは、平安前期にできた日本最初の漢和薬名辞書です。大医博士 深根輔仁(ふかねのすけひと)が醍醐天皇の勅命をうけて延喜年間(901‐923)に著しました。]
[※3:配糖体とは、糖と様々な種類の成分が結合した有機化合物のことです。生物界に広く分布し、植物色素であるアントシアニンやフラボン類などがあげられます。]
[※4:抗酸化力とは、たんぱく質や脂質、DNAなどが酸素によって酸化されるのを防ぐ力です。]
ワサビの効果
●抗菌効果
ワサビには抗菌効果があります。ワサビに含まれるアリルイソチオシアネート(AIT)の抗菌作用は比較的強く、腸管出血大腸菌O-157などの細菌をはじめ、酵母、カビなどの幅広く抗菌効果をもつ特徴があります。アリルイソチオシアネート(AIT)は食品などの対象物に直接添加するよりも、気化した状態で接触させたほうが、抗菌効果が高いことが報告されています。最近では、食品とともに包装することで、内部をアリルイソチオシアネート(AIT)蒸気で満たし、微生物の増殖を抑えるような製剤が利用されています。
また刺身にワサビを塗っておくと、ワサビ中のアリルイソチオシアネート(AIT)という物質が作用し、魚の生臭さの原因物質であるトリメチルアミンの量が抑えられると報告されています。【1】【2】
●食欲増進効果
ワサビは消化を助け、食欲を増進させる効果があります。ワサビを食べると、その刺激的な香りで唾液の分泌が促され、胃腸などでも同様に内壁が刺激されて消化液の分泌が高められます。またワサビには強い活性を持ったデンプンを加水分解する酵素であるβ-アミラーゼが含まれており、これも消化吸収に大きく作用しているといわれています。
●血栓症を予防する効果
ワサビには、血栓症を予防する効果があります。血栓が詰まることで起こる脳梗塞や心筋梗塞などは、血小板の凝集が関与しています。ワサビは、血小板の凝集活性を阻害するという報告があります。これはワサビに含まれるイソチオシアネート類が、血小板の凝集に関与するたんぱく質の働きを低下させているためであるといわれています。そのためワサビには、血栓の形成を防ぐ効果があります【3】
●ガンを予防および抑制する効果
ワサビにはガンを予防および抑制する効果があります。ガン細胞は健康な人の体にも日々生まれてきていますが、人間には免疫力が備わっているため、ガン細胞が生まれるたびに死滅させ、増殖させないようにしています。食事からガンを予防するには、日頃からしっかりとガン予防の高い食品をとることが大切です。ワサビに含まれるグルコシノレートには、解毒機能を強化し、発ガン性物質を体外に排出する働きがあります。またワサビに含まれるアリルイソチオシアネート(AIT)にも、ガンの予防効果があります。ワサビは、ガンの予防や抑制に働く効果が注目され、海外でも人気が高まっています。【3】【4】【5】
ワサビは食事やサプリメントで摂取できます
こんな方におすすめ
○食欲を増進させたい方
○血流を改善したい方
○生活習慣病を予防したい方
ワサビの研究情報
【1】ワサビ抽出物50mg/kgまたは200mg/kgをヘリコバクター・ピロリ菌に感染したマウスへ飲用させた結果、上昇した胃細胞の酸化ストレスを有意に抑制することが分かりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20530903
【2】ワサビの茎の中に含まれるアリルイソチオシアネート(AIT)がヘリコバクターピロリ菌に対し、殺菌作用を有することが分かりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15246236
【3】ワサビ含有成分である6メチルスルフィニルヘキシルイソチアネート(MS-ITC)がグルタチオンSトランスフェラーゼを活性化することにより血小板凝集を高め、さらに抗ガン作用を有することが分かりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11237193
【4】ワサビが抗変異原生の性質をもつ成分として、R-7-メチルスルフィニルヘプチルイソチアネートがあることが分かりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11237192
【5】MNNG誘発胃がんマウスへワサビエキスを10%混ぜたものを飲用させた結果、腫瘍が見つかりませんでした。このことから、ワサビには、胃がん抑制効果がある可能性が考えられました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1923907
参考文献
・則岡孝子 栄養成分の事典 新星出版社
・農山漁村文化協会 地域食材大百科 野菜 農山漁村文化協会
・吉田企世子 棚橋伸子監修 旬の野菜と魚の栄養事典 エクスナレッジ
・Sekiguchi H, Takabayashi F, Deguchi Y, Masuda H, Toyoizumi T, Masuda S, Kinae N. (2010) “Leaf extract of Wasabia japonica relieved oxidative stress induced by Helicobacter pylori infection and stress loading in Mongolian gerbils.” Biosci Biotechnol Biochem. 2010;74(6):1194-9. Epub 2010 Jun 7.
・Shin IS, Masuda H, Naohide K. (2004) “Bactericidal activity of wasabi (Wasabia japonica) against Helicobacter pylori.” Int J Food Microbiol. 2004 Aug 1;94(3):255-61.
・Morimitsu Y, Hayashi K, Nakagawa Y, Horio F, Uchida K, Osawa T. (2003) “Antiplatelet and anticancer isothiocyanates in Japanese domestic horseradish, wasabi.” Biofactors. 2000;13(1-4):271-6.
・Kinae N, Masuda H, Shin IS, Furugori M, Shimoi K. (2000) “Functional properties of wasabi and horseradish.” Biofactors. 2000;13(1-4):265-9.
・Tanida N, Kawaura A, Takahashi A, Sawada K, Shimoyama T. (1991) “Suppressive effect of wasabi (pungent Japanese spice) on gastric carcinogenesis induced by MNNG in rats.” Nutr Cancer. 1991;16(1):53-8.