ビタミンB1とは
●基本情報
ビタミンB1とは、水溶性のビタミンで、「チアミン」とも呼ばれるビタミンB群の一種です。
白色の結晶で、弱酸性に対しては安定していますが、一方アルカリ性や熱に対しては分解されやすい性質を持っています。
ビタミンB1は疲労回復のビタミンとも呼ばれ、糖質の代謝 [※1]に不可欠なビタミンです。白米を主食とし、エネルギーを糖質から多く得ている日本人にとっては特に重要なビタミンです。糖質代謝の過程でビタミンB1は、酵素の働きを助ける補酵素として働き、エネルギーを生み出すことに関わっています。
また、脳の中枢神経や、手足の末梢神経の機能を正常に保つ働きがあります。
ビタミンB1は、穀物の胚芽に豊富に含まれていますが、米や小麦の胚芽は精製される過程で失われてしまいます。米の場合は精米をした時に出る米ぬかに多く含まれていますが、精白米の精製度が高いほどビタミンB1が減り、またビタミンB1は水溶性で水でながされやすいため、精白米を水でとぐとビタミンB1はさらに減少してしまいます。ビタミンB1は水道水に含まれる塩素によっても減少するため、米はとぎすぎないように注意する必要があります。
ビタミンB1は水に溶けやすく熱にも弱いため、調理によっても30~50%が失われるといわれています。精白米や小麦粉の代わりに、玄米や全粒粉を使った食事にしたり、汁ごと食べられる料理にすると、ビタミンB1を効率良く摂取することができます。
また、ビタミンB1は生の貝類や甲殻類、淡水魚などの魚介類に含まれているアノイリナーゼという酵素によって分解されます。しかしこの酵素は加熱することで活性がなくなるため、調理時に工夫が必要です。
●ビタミンB1の歴史
ビタミンB1は、1910年に東京帝国大学教授であった鈴木梅太郎博士により、精米時に捨てられる米ぬかの中から、脚気(かっけ)を防ぐ成分として発見されました。これが世界で最初のビタミンの発見です。鈴木博士はこの物質をアベリ酸と命名し、後にオリザニンと改名して論文を発表しました。しかし、日本語で論文を発表したため世界には認められませんでした。
翌年、ポーランドのカシミール・フンクが同じ物質を発見し、「ビタミン」と名付けて発表しました。こうして「ビタミン」、という名前が世界的に認知されました。
すなわち、ビタミンとは初めはビタミンB1のことを指していました。後にいくつかのビタミンが発見され、脂溶性のものと水溶性のものがあるとわかり、脂溶性のものをビタミンA、水溶性のものをビタミンBと定めました。そのため、ビタミンB1は最初に発見されたビタミンですが、Bという名前が付いています。
●ビタミンB1の欠乏症
ビタミンB1が不足すると、イライラなどの症状や、集中力の低下が起こります。
ビタミンB1が慢性的に不足して、脳の中枢神経に障害が起こった場合には、ウェルニッケ脳症になります。ウェルニッケ脳症とは、眼球の運動麻痺、意識障害などが特徴で、進行すると昏睡に陥ります。また、重症になるとコルサコフ症という精神病になることもあります。アルコールの摂取量が多い人に起こりやすいといわれ、アルコール依存症との関係が研究されています。
また、ビタミンB1が慢性的に不足し、末梢神経に障害が起こった場合には、脚気という多発神経炎になります。初期では食欲不振や疲労感、進行すると手足のしびれ、むくみ、動悸などの症状が見られます。重症になると、心不全を起こして死に至ることもあります。
現在の日本では脚気が起きることはほとんどありませんが、最近では若い人を中心に偏った食生活やお菓子・清涼飲料水をたくさん摂ることによってビタミンB1不足となり、脚気の患者が見られるそうです。
ビタミンB1は水溶性のため、毎日尿から排泄されます。食欲がないときや、タバコやお酒もビタミンB1の不足を招く原因のひとつです。また、汗からもビタミンB1は喪失するため毎日摂る必要があります。食事から摂る場合には過剰症は知られていません。
摂取の基準としては、表の通りです。
<豆知識①> 脚気の歴史
脚気は、江戸時代末期に白米を主食にするようになってから、「江戸患い」として流行した病気です。明治時代には全国に広がり、国民病として恐れられました。明治半ばの日清戦争では、陸軍の戦死者が約1000名だったのに対して、脚気による戦病死者は2万人を超えました。日露戦争では、海軍がいち早く精白米のご飯を洋食に切り替えたことによって、脚気の病死者は減りましたが、精白米のままの食事だった陸軍では、多数の脚気による病死者が出ました。しかし、その時には原因は分かっていませんでした。
その後20年以上経ってから、島薗順次郎博士によって、脚気がビタミンB1の不足によるものだと明らかになりました。ビタミンB1不足が原因と分かってからは、脚気の患者は減少し、現在の日本でほとんどみられることはありません。
<豆知識②> にんにくとビタミンB1の関係
昔から、にんにくを食べるとスタミナがつくといわれていますが、これにはビタミンB1が大きく関わっています。
にんにくに含まれるビタミンB1は、にんにく特有のにおいの素であるアリシンという物質と結合し、アリチアミンという物質になります。
ビタミンB1は通常余分に摂ると排泄されますが、アリチアミンは血液中に長くとどまり、ゆっくりとビタミンB1とアリシンに分解されます。このことから、ビタミンB1を無駄に排泄することなく長時間にわたって利用することができます。また、アリチアミンは水に溶けやすく熱にも強いため、調理による損失も少ないという特徴があります。
にら、ねぎ、たまねぎなどにも、同じような状態でビタミンB1が含まれています。
<豆知識③> 夏はビタミンB1を消耗しやすい季節
夏場はビタミンB1の消耗が激しくなる季節です。夏は食欲がなくなり麺類や清涼飲料水など糖質の摂取が多くなること、ビタミンB1は水溶性で汗とともに失われやすいこと、エネルギーの必要量が多くなりビタミンB1が糖質をエネルギーとして利用するときに消費されることなどが理由と考えられています。ビタミンB1は糖質の代謝に関係しているため、糖質の摂取量が多いときにはビタミンB1の摂取量も増やすとよいといえます。また、スポーツ選手も多くのエネルギーを消費するため、ビタミンB1の必要量は多くなります。夏はもちろん季節に限らず体の状態によって、ビタミンB1の摂取量を調節する必要があります。
[※1:代謝とは、生体内で物質が次々と化学的に変化して入れ替わることです。また、それに伴ってエネルギーが出入りすることを指します。]
ビタミンB1の効果
●疲労回復効果
炭水化物 (糖質)の代謝過程では、その反応をスムーズに促すために酵素が働いています。酵素が働くためには、その働きを助ける補酵素が必要です。ビタミンB1は、小腸で吸収された後リン酸と結合して、補酵素であるチアミンピロリン酸 (TPP)となります。
炭水化物 (糖質)は、体内で消化されてブドウ糖にまで分解され小腸で吸収されます。ブドウ糖は血液によって全身の細胞に運ばれ、体を動かすエネルギーのもととして使われます。ブドウ糖がエネルギーになるときには、ブドウ糖がピルビン酸という物質に変えられ、さらにアセチルCoAという物質に変換されます。このアセチルCoAから、エネルギー物質がつくられます。
ビタミンB1からつくられるTPPは、この中でピルビン酸をアセチルCoAに変換するときに働いています。そのため、ビタミンB1がないとグルコースはピルビン酸までしか変換されず、エネルギーになることができません。エネルギーになれなかったグルコースは、ピルビン酸や、ピルビン酸からできる乳酸という疲労物質として体内に溜まります。その結果、疲労感を感じたり、さらにはエネルギーが足りなくなるため、エネルギーを必要とする臓器で障害が起こります。
また、TPPは糖からのエネルギーづくりだけでなくアミノ酸からのエネルギーづくりにも関わっており、ビタミンB1はとても重要な役割を担っているのです。【6】
●神経機能を正常に保つ効果
中枢神経や、手足の末梢神経の働きは脳によって調整されています。脳が働くには大量のエネルギーを必要としますが、このエネルギーはブドウ糖のみからつくられます。ビタミンB1はブドウ糖からのエネルギー生産を手助けすることで、脳神経の働きを正常に保つ役割をしています。ビタミンB1が不足して脳のエネルギーが不足すると、脳の働きが悪くなることでイライラしたり、怒りっぽくなったり、集中力や記憶力が低下します。また、脳からの指令で動く末梢神経の働きが悪くなり、足のしびれや運動能力の低下が起こります。【1】【2】【3】【4】【5】
<豆知識④> ビタミンB1とアルツハイマーの関係
ビタミンB1は、脳内の神経伝達物質を正常に保つ働きがあるということが明らかになりました。ビタミンB1不足の場合ウェルニッケ脳症を発症することがありますが、このようにビタミンB1は脳と深く関わっています。
アルツハイマー型認知症患者の脳では、ビタミンB1が補酵素として助けている酵素の活性が低下しています。そこで、中程度のアルツハイマー型認知症の患者にビタミンB1誘導体 (体内でビタミンB1に変化する物質)を1日100 mg投与したところ、12週間で症状の改善がみられた、という研究の報告があり、ビタミンB1がアルツハイマー型認知症の予防や治療に効果があるとの期待が高まっています。
また、血中ビタミンB1濃度がアルツハイマー型認知症の発症の指標になるのではないか、という意見もあり、研究が進められています。
食事やサプリメントから摂取できます
ビタミンB1はこんな食品に含まれています
○穀類:玄米、胚芽精米、小麦胚芽、オートミールなど未精製のもの
○肉類:豚肉、レバー
○魚介類:かつお、うなぎのかばやき
○野菜類:にんにく
○その他:卵、大豆、ピーナッツ、米ぬか、酵母 (ビール酵母)など
こんな方におすすめ
○体がだるい方
○疲労を回復したい方
○お酒をよく飲む方
○喫煙される方
○スポーツをする方
ビタミンB1の研究情報
【1】脚気患者特に心臓病患者日本人23名(うち17名は10代) では、激しい運動をすると脚気心疾患が生じる可能性があり、末梢浮腫、低末梢の血管抵抗、静脈圧心臓肥大の増加、T波異常、循環動態亢進および循環血液量の増加などの心臓疾患が起きることが知られています。脚気患者にビタミンB1及びバランスの摂れた栄養と休養を摂らせると、脚気症状の改善が認められたことから、ビタミンB1は脚気症状の改善に役立ちます。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7416185
【2】アルツハイマー病患者9名を対象に、ビタミンB1を1日100mg を12週間摂取したところ、軽度アルツハイマー病患者で、病気の症状である情緒的機能や認知機能に改善が見られたことから、ビタミンB1が軽度アルツハイマー病の予防に役立つことが示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8815393
【3】アルツハイマー病患者20名と健常人18名の大脳皮質を比較したところ、アルツハイマー病患者では、ビタミンB1から作られるチアミンⅡリン酸(TDP)が減少しており、これは脳内のTDPの原料となる物質ATPの減少によるものと考えられました。このことから、ビタミンB1がアルツハイマー病予防に役立つ可能性が示唆されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8619543
【4】マウスにおいて、ビタミンB1が欠如した餌を12日間摂取させたところ、チアミンが欠如した結果、水晶体の線維化が進み、白内障の症状が見られました。また脳内では、アルツハイマー病の病原たんぱく質、アミロイドβやプレセニリンが認められ、加齢による症状にも似た現象が確認されました。ビタミンB1が欠乏することで白内障につながることがわかり、ビタミンB1の摂取の大切さが重要であることがわかりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10329449
【5】ラットに、アルコールを20週間の長期摂取させたところ、脳疾患の原因である脳神経細胞の減少が起きます。ラットに、ビタミンB1を119mg / 100g の量で摂取させることで、アルコールによる脳障害が予防されました。神経細胞の成長には炭水化物が不可欠で、ビタミンB1は炭水化物代謝酵素に関与しています。アルコール摂取によりビタミンB1が欠如すると、脳神経の成長も妨げられるが、ビタミンB1を摂取することにより、脳神経保護作用が見られました。この結果より、ビタミンB1は脳神経保護効果が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8872560
【6】ビタミンB1欠乏による食欲不振、摂食障害患者37例と健常者のビタミンB1の量を比較したところ、食欲不振、摂食障害者では、ビタミンB1が欠乏領域の患者は14名と全体の38%、重篤な欠乏の患者は7例と全体の19% と不足していることが確認されました。ビタミンB1が欠乏すると食欲不振が生じると考えられ、ビタミンB1の摂取による食欲不振予防効果が期待されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11054793
参考文献
・中村丁次監修 最新版からだに効く栄養成分バイブル 主婦と生活社
・上西一弘 栄養素の通になる第2版 女子栄養大学出版部
・則岡孝子監修 栄養成分の事典 新星出版社