ササクレヒトヨタケとは
●基本情報
ササクレヒトヨタケは、円柱型の白い絹のような傘を持ち、白くささくれた毛皮のような鱗片に覆われた美しい姿をしています。傘の径は7cm~12cm、柄の長さは15cm~25cmです。
生え始めて1週間程するとササクレヒトヨタケの傘は自身の持つ消化酵素に消化され、黒くドロッと溶け落ちてしまいます。一夜でなくなってしまうことから「ヒトヨタケ」(一夜茸)の名が付けられました。幻のキノコとも呼ばれており、その稀少価値の高さからイタリアなど欧米諸国では高級食材として食されています。マシュマロのような口当たりで非常に美味しく、特に油との相性が良いといわれています。
最近では人工栽培も試みられ、フランス語名に由来した「コプリーヌ」または、食用適期のつぼみの外観に由来した「コケシタケ」などの商品名で市販されています。
● ササクレヒトヨタケの歴史
ササクレヒトヨタケは他のキノコ類と同様に古くから食経験があります。日本だけでなく、フランスやイタリアでも食されています。古くは食材としてのみならず、糖尿病や痔に良い薬草として利用されてきました。
● ササクレヒトヨタケに含まれるエルゴチオネイン[※1]の性質
エルゴチオネインは、1909年に麦角(ばっかく)[※2]から発見され1911年に化学構造が決定されたアミノ酸の一種です。 分子量が229.3と小さく、水溶性で熱や酸にも強いという特徴を持っています。
ササクレヒトヨタケに含まれるエルゴチオネインも、高温・酸性またはアルカリ性条件でも影響を受けにくいことが特徴です。
動物や植物はエルゴチオネインを生合成することができず、キノコなどの菌類と一部の細菌だけがエルゴチオネインをつくり出すことができます。
植物は土壌細菌がつくったエルゴチオネインを根から吸収し、動物はその植物を食べることでエルゴチオネインを体の中に取り入れて貯蔵しています。ヒトも食べ物からエルゴチオネインを取り入れて、肝臓や腎臓、赤血球、皮膚などに蓄えています。
●ササクレヒトヨタケの働き
ササクレヒトヨタケは、エルゴチオネインという含硫アミノ酸を含むことから、近年注目を浴びています。エルゴチオネインは、抗酸化活性が非常に高く、L-システイン[※3]やアスコルビン酸(ビタミンC)など他の抗酸化成分よりも強い活性が認められています。美容作用も大きな特徴のひとつで、エルゴチオネインにはしわやたるみを防ぐエラスターゼ[※4]活性阻害作用やシミの原因をつくらないチロシナーゼ[※5]活性阻害作用などもあるといわれています。そのため、様々な高級化粧品にも使用されています。エラスチンは肌のハリや弾力を保つために大切な成分で、コラーゲン同士を結びつける働きをします。エラスターゼによりエラスチンが分解し減少すると、しわやたるみなど老化の原因となります。エルゴチオネインにはエラスチンを守り、肌のハリを回復させたり、維持する効果が期待されています。
チロシナーゼとは、メラニン色素をつくり出す色素細胞であるメラノサイトが持っている酸化酵素のことです。シミやそばかすはメラニン色素が過剰に生成されることによってつくられます。メラニン色素は、紫外線やストレス、大気汚染などにさらされることによって生成されます。皮膚で発生した活性酸素の刺激によってメラノサイトが活性化され、チロシナーゼによってアミノ酸の一種であるチロシンから段階を経てメラニンがつくりだされます。エルゴチオネインは、このチロシナーゼの活性を阻害します。
ササクレヒトヨタケに含まれているエルゴチオネインには、抗炎症作用や細胞エネルギー増進作用、抗ストレス作用など様々な効用があるといわれています。エルゴチオネインには、活性酸素の一種であるスーパーオキシドラジカル[※6]を認識し、捉える働きがあることが明らかになっています。さらに、エルゴチオネインには、システインなど比較的強い抗酸化作用で知られる成分よりも、脂質過酸化[※7]の発生を抑える働きがあることも報告されています。
また、酸化ストレス[※8]が細胞に加わるとミトコンドリア[※9]のDNA 障害や細胞障害が発生し、生存率が低下することが知られています。 しかし、酸化ストレスによる細胞生存率の低下は、エルゴチオネインの添加によって回復することが確認されています。エルゴチオネインは、数多くの動植物に存在することが知られています。ヒトにおいては肝臓や目の水晶体、赤血球などの器官に多く存在し、体内の抗酸化機構において非常に重要な役割を果たしています。
しかし、ほとんどの動植物ではエルゴチオネインを自らつくり出すことはできません。そのため人間を含む哺乳動物は、食事を通してエルゴチオネインを摂取する必要があります。
[※1:エルゴチオネインとは、抗酸化活性が非常に高いアミノ酸の一種です。正式にはL-Ergothioneineと表記されます。]
[※2:麦角とは、イネ科植物の穂につく、黒色がかった組織のことです。麦角菌という菌が植物に寄生してつくられます。]
[※3:システインとは、非必須アミノ酸の一種で、毛髪や皮膚、爪の多く存在し、肌の生まれ変わりを促進します。]
[※4:エラスターゼとは、エラスチンを分解する酵素です。]
[※5:チロシナーゼとは、アミノ酸であるチロシンを酸化して、メラニンをつくる酵素のことです。この酵素を阻害することにより、メラニンの生成をくいとめ美白効果が働きます。]
[※6:スーパーオキシドラジカルとは、活性酸素の一種です。呼吸によって取り込んだ酸素が、エネルギーを産生する過程でスーパーオキシドラジカルという活性酸素を発生します。]
[※7:脂質過酸化とは、脂質が酸化し分解される反応のことです。活性酸素が細胞膜中の脂質から電子を奪い、結果として細胞に損傷を与える過程のことを指します。]
[※8:酸化ストレスとは、酸化反応により引き起こされる生体にとって有害な作用のことです。]
[※9:ミトコンドリアとは、細胞内の構造のひとつで、生命活動に必要なエネルギーをつくり出す役目を担っています。]
ササクレヒトヨタケの効果
ササクレヒトヨタケには、高分子多糖体のβ-グルカンや豊富なエルゴチオネインなどが含まれているため、以下のような健康に対する効果が期待できます。
● 免疫力を高める効果
ササクレヒトヨタケには、キノコ特有の高分子多糖体であるβ-グルカンが含まれています。β-グルカンは免疫力を高め、ウイルスや細菌に対する抵抗力を高め、人間の体内で免疫機能をつかさどるマクロファージやナチュラルキラー細胞、白血球のT細胞、B細胞の働きを活性化したり、免疫の関連物質であるインターフェロンの生成を促す作用があります。免疫にかかわる因子を活性化することで免疫力を高めます。免疫力が低いと、体外から入ってくるウイルスに対抗することができず、風邪やインフルエンザ、生活習慣病を引き起こし、病気を長引かせます。また、ササクレヒトヨタケに含まれているエルゴチオネインには、抗酸化作用があり、細胞の損傷を防ぎ、健康体へと導く効果があります。
● 美白効果
紫外線によって皮膚の表皮や真皮を構成する細胞がダメージを受け、シミ、しわなどの皮膚の老化が促進することを光老化といいます。エルゴチオネインには肌の光老化を抑制する働きがあります。研究の結果、エルゴチオネインは真皮を光障害から保護することが明らかになりました。
また、チロシナーゼが活性化するとシミの大きな原因であるメラニンがつくられます。エルゴチオネインには、チロシナーゼ活性阻害作用があるため、肌にシミをつくらせることを防ぎます。エルゴチオネインが含まれるササクレヒトヨタケには紫外線から肌を守る抗光老化作用と美白効果があると期待されています。
● 美肌効果
エラスチン分解酵素によりエラスチンが減少すると、しわやたるみなど老化の原因となります。エルゴチオネインには、エラスターゼ活性阻害作用があるため、肌にハリと弾力を与え、美肌へ導きます。
● コレステロール値を下げる効果
β-グルカンは消化されることなく腸まで届くため、コレステロールを吸着して体外へ排泄する働きがあります。その結果、体内のコレステロール値上昇を抑える効果があります。
血中のコレステロール値が高くなると、血管にコブができ、血管をふさぎ、血液の流れが狭くなります。その結果、動脈硬化にいたります。また、コレステロールが増えすぎると、脳卒中や高血圧を進行させてしまう原因にもなります。
コレステロール値を正常に保つには、悪玉(LDL)コレステロールを減少させ、善玉(HDL)コレステロールを増加させることが大切です。悪玉(LDL)コレステロールの増加の原因は肉やバターなどの動物性脂肪の多い食品の摂りすぎが一因です。低脂肪の食べものや、食物繊維の多い野菜類などを食べてコレステロールが上昇しないように食習慣の見直しも大切です。【6】
● 生活習慣病の予防・改善効果
ササクレヒトヨタケは抗酸化作用を持つエルゴチオネインに加えて、アミノ酸やビタミン、ミネラルを多く含んでいるため、血中のコレステロール値を下げる効果や、内臓の機能を高め、弱い体質を徐々に健康な体にする働きを持ちます。そのため多くの生活習慣病の予防に効果が期待できます。
● 老化を防ぐ効果
ササクレヒトヨタケには、エルゴチオネインが含まれているため、抗酸化作用があると考えられています。細胞エネルギーを増強し、美肌効果や、抗ストレス効果、アンチエイジング効果が期待できます。【4】
こんな方におすすめ
○免疫力を向上させたい方
○美肌を目指したい方
○コレステロール値が気になる方
○生活習慣病を予防したい方
○いつまでも若々しくいたい方
ササクレヒトヨタケの研究情報
【1】発酵ヒトヨタケトリグリセリド(TFC)の生物学的特性について調べた結果、サイトカインの濃度を低下させ、マウス酢酸酸誘発腹部の収縮を抑制しました。これらのことから、TFCは、炎症性痛覚の様々なモデルに対して抗炎症、抗痛覚過敏の作用を示しました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22531110
【2】進行性前立腺ガンの原因のひとつにアンドロゲンレセプター(AR)の突然変異またはシグナル伝達の変化という可能性が考えられます。ササクレヒトヨタケの抽出物の1つF32分画がAR結合を阻止し、ARリン酸化を阻害することができました。このことから、ササクレヒトヨタケは、前立腺ガンを抑制する働きがあると考えられました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21981678
【3】ササクレヒトヨタケに含まれるエルゴチオネインは低濃度で濃度依存的にスーパーオキシドラジカルを補足します。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15744438
【4】酸化ストレスによる細胞生存率の低下が、ササクレヒトヨタケに多く含まれるエルゴチオネイン添加によって有意に回復することがわかりました。エルゴチオネイン欠損細胞株では、過酸化脂質が増加することがわかりました。ゆえに、ササクレヒトヨタケに含まれるエルゴチオネインは脂質過酸化防止に役立つことがわかりました。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2885499/
【5】酵母由来βグルカンは、ヒト白血球B細胞に細胞毒性を示さずに、補助刺激分子CD86を活性化することにより、免疫力の賦活化に関係しています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22199280
【6】成人の高コレステロール血症患者におけるLDL低下作用を、米ぬかをとった場合とβグルカンをとった場合で比較した結果、米ぬかよりもβグルカンのほうが、LDL低下作用は高い結果が得られました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21505506
参考文献
・Ren J, Shi JL, Han CC, Liu ZQ, Guo JY. (2012) “Isolation and biological activity of triglycerides of the fermented mushroom of Coprinus Comatus.” BMC Complement Altern Med. 2012 Apr 24;12:52.
・Dotan N, Wasser SP, Mahajna J. (2011) “Inhibition of the androgen receptor activity by Coprinus comatus substances.” Nutr Cancer. 2011 Nov;63(8):1316-27. Epub 2011 Oct 7.
・Obayashi K, Kurihara K, Okano Y, Masaki H, Yarosh DB. (2005) “L-Ergothioneine scavenges superoxide and singlet oxygen and suppresses TNF-alpha and MMP-1 expression in UV-irradiated human dermal fibroblasts.” J Cosmet Sci. 2005 Jan-Feb;56(1):17-27.
・BD Paul, SH Snyder (2010) “The unusual amino acid l-ergothioneine is a physiologic cytoprotectant” Cell Death Differ. 2010 July; 17(7): 1134–1140.
・Harnack U, Kellermann U, Pecher G. (2011) “Yeast-derived beta-(1-3),(1-6)-D-glucan induces up-regulation of CD86 on dectin-1-positive human B-lymphoma cell lines.” Anticancer Res. 2011 Dec;31(12):4195-9.
・Wolever TM, Gibbs AL, Brand-Miller J, Duncan AM, Hart V, Lamarche B, Tosh SM, Duss R. (2011) “Bioactive oat β-glucan reduces LDL cholesterol in Caucasians and non-Caucasians.” Nutr J. 2011 Nov 25;10:130.
・Rondanelli M, Opizzi A, Monteferrario F, Klersy C, Cazzola R, Cestaro B. (2011) “Beta-glucan- or rice bran-enriched foods: a comparative crossover clinical trial on lipidic pattern in mildly hypercholesterolemic men.” Eur J Clin Nutr. 2011 Jul;65(7):864-71. doi: 10.1038/ejcn.2011.48. Epub 2011 Apr 20.
・Tiwari U, Cummins E. (2011) “Meta-analysis of the effect of β-glucan intake on blood cholesterol and glucose levels.”