ナツメグとは
●基本情報
ナツメグとはインドネシアのモルッカ諸島を原産とするニクズク科ニクズク属の熱帯性常緑樹[※1]で、果実からはナツメグとメースという2種類のスパイスが得られます。同じ果実から得られるナツメグとメースはよく似た香味を持ちますが、メースのほうがより繊細な香りを持っています。
ナツメグは東インドタイプと西インドタイプに分類されます。東インドタイプはモルッカ諸島やバンダ島、ジャワ島などで栽培され、その品質評価は原形の大きさで等級が付けられます。一方、西インドタイプはグレナダ島やトリニダード島(ベネズエラ北東海岸沖の西インド諸島東部)などで生産されています。香味は東インドタイプと同じですがエッセンシャルオイルの含有量が低いため香りの強さが少し抑えられ色も薄くなります。
●ナツメグの歴史
インドでは紀元前10世紀頃から利用されておりバラモン教の教典ヴェーダ[※2]には頭痛薬として記載されています。ヨーロッパで知られるようになったのは12世紀頃です。14~16世紀の大航海時代には、コショウやクローブとともに高価なスパイスとして扱われていました。1600年頃から200年間にかけてはオランダがナツメグとメースの貿易を独占しており、種子が発芽しないような処理を施すなどして流出を防いでいました。しかし1770年にフランス人がナツメグの苗を持ち出してインド洋のモーリシャスに移植したことをきっかけに、他の熱帯地方でも栽培されるようになりました。日本には1848年に長崎に苗木がもたらされ、当時は薬用として扱われていました。
ナツメグはNut(豆)・Meg(ムスク・じゃ香)に由来しムスクのような香りを持つ豆という意味があります。和名はニクヅクですが、日本に伝わった当時はシシズク(シシは肉の古名)と呼ばれていました。
<豆知識>ナツメグとメースの関係
ナツメグやメースは古くから西欧で珍重されてきたスパイスですが、オランダが貿易を独占していた当時は、ナツメグの生産方法についてほとんど知られていませんでした。そのためナツメグとメースは同じ植物であるにもかかわらず、オランダの商社が「ナツメグの木を伐採して、もっとメースの木を植えよ」との指示をしたというエピソードが残っています。
●ナツメグの生産地
ナツメグは雌雄異株[※3]の植物で、大きなものでは樹高8~16mにも達します。雄花には子房がなく雌花には1個の子房があります。アンズに似た卵形の黄色い果実をつけ、成熟すると下方の先端から果皮が割れ、中から網目状の赤い仮種皮につつまれた長さ3cmほどの黒い種子が現れます。成熟した1本の木からは多いものでは2000個以上の実がとれます。年間を通して収穫できますが、成長の遅い植物のため播種[※4]から結実までに7年以上かかります。収穫した果実の黒い種子を割った中の仁(じん)はナツメグで、赤い仮種皮を乾燥させたものは香辛料のひとつであるメースになります。
●ナツメグを使用した料理
ナツメグには肉の臭みを消す効果があり、ハンバーグやミートローフなどの挽き肉料理には欠かせない香辛料です。一般的に粉末状のものが市販されていますが、ホールのナツメグを調理の前におろしたり、刻んだりして使用するとより香りが引き立ちます。
クッキーやケーキなどの焼き菓子に用いると、調理時の熱で苦みが消え甘味が加わります。
●ナツメグを摂取する上での注意
ナツメグは大量(5g以上)に摂ると幻覚を引き起こすことがあります。肉1kgに対する標準的な使用量は0.2gといわれています。妊娠中・授乳中の方や小さなお子様は摂取に注意が必要です。
●ナツメグに含まれる成分と性質
漢方では「肉荳蒄・にくずく」と呼ばれ、消化不良や下痢の薬として処方されています。日本でも古くから健胃剤として用いられ、シナモンとともに胃腸薬にも配合されています。
ナツメグの主な香りの成分としては森林の香り成分といわれるピネンをはじめ、ミリスチシンやオイゲノールなどがあり、エッセンシャルオイルとしても利用されています。オイゲノールはクローブの香り成分であり甘いバニラのような香りを持っています。
[※1:常緑樹とは、葉の寿命が1年以上あり年中葉をつけている樹木です。]
[※2:教典ヴェーダとは、インド最古の宗教文献であり、バラモン教の根本聖典です。]
[※3:雌雄異株(しゆういしゅ)とは、植物の種で雌花をつける株と雄花をつける株の区別がある植物のことです。]
[※4:播種(はしゅ)とは、田畑・苗床などに作物の種子をまくことです。]
ナツメグの効果
●胃の健康を保つ効果
ナツメグに含まれるピネンという成分は胃の働きを正常にし、消化を促進してくれます。このため、シナモンとともに市販の胃腸薬にも配合されています。他にも発汗を促し体温を下げる働きがあります。
また、クローブの香り成分といわれるオイゲノールは、腹痛や胃腸に働きかけてくれます。オイゲノールには殺菌作用があることから、口臭予防や眠気防止にも役立ちます。【1】
●腸内環境を整える効果
ナツメグの香り成分であるミリスチシンには、炎症をやわらげたり食欲を増進して消化吸収をよくする働きがあります。また、整腸作用、腸内ガスの排出の促進、下痢や胃障害にも有効であるとの報告がされています。【2】
●精神を安定させる効果
ナツメグのエッセンシャルオイルはすっきりとした香りが特徴です。芳香成分であるα-ピネンはマツやヒノキ、スギなどの針葉樹に含まれる成分で森林の香り成分ともいわれ、リラックス効果が期待できます。エッセンシャルオイルはアロマバスとしても利用でき、寒い冬などはナツメグの香りでぬくもりを感じて活力を得ることができます。
また、ナツメグは若干の催眠性を持つため、心が落ち着かずに眠れないというときにはナツメグを少し加えたホットミルクを飲むと上質の眠りをもたらします。【2】
ナツメグは食事やサプリメントで摂取できます
こんな方におすすめ
○食欲を増進させたい方
○胃の健康を保ちたい方
○消化を促進したい方
○腸内環境を整えたい方
○心を落ち着かせたい方
ナツメグの研究情報
【1】タイは周辺国に比較してヘリコバクターピロリの感染率が高いが胃ガンの発症率が低く、タイの食生活と関連性があると考えられています。タイ伝統医学で使用されている香辛料やハーブのなかにナツメグがあり、ナツメグがヘリコバクターピロリの発育阻害作用を持つことから、ナツメグが胃の保護作用を持つと考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14758718
【2】ナツメグは伝統的インド医学アーユルヴェーダにおいて、下痢止め作用が報告されています。ナツメグの懸濁液ならびに脂溶性成分は軟便を改善し、腸の収縮を抑制する他、止瀉作用(下痢止め作用)を持つと考えられています。さらに、ナツメグの脂溶性成分は睡眠導入剤による睡眠時間を増加させ、アドレナリンなど刺激物質による血圧上昇を抑制したことから、ナツメグは止瀉作用ならびに鎮静作用を有すると考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12616960
【3】若年と老齢マウスを対象に、ナツメグ抽出物を5, 10, 20mg/kg の量で3日間摂取させたところ、学習機能および記憶保持機能が改善されたことから、ナツメグは神経保護作用を持つと考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15298762
参考文献
・ハーブ・スパイス館 小学館
・武政三男 80のスパイス辞典 フレグランスジャーナル社
・三上杏平 カラーグラフで読む精油の機能と効用-エッセンシャルオイルの作用と安全性の図解- フレグランスジャーナル社
・五明紀春 食材健康大事典 時事通信社
・Bhamarapravati S, Pendland SL, Mahady GB. 2003 “Extracts of spice and food plants from Thai traditional medicine inhibit the growth of the human carcinogen Helicobacter pylori.” In Vivo. 2003 Nov-Dec;17(6):541-4.
・Grover JK, Khandkar S, Vats V, Dhunnoo Y, Das D. 2002 “Pharmacological studies on Myristica fragrans–antidiarrheal, hypnotic, analgesic and hemodynamic (blood pressure) parameters.” Methods Find Exp Clin Pharmacol. 2002 Dec;24(10):675-80.
・Parle M, Dhingra D, Kulkarni SK. 2004 “Improvement of mouse memory by Myristica fragrans seeds.” J Med Food. 2004 Summer;7(2):157-61.
・Ahmad MK, Mahdi AA, Shukla KK, Islam N, Rajender S, Madhukar D, Shankhwar SN, Ahmad S. 2010 “Withania somnifera improves semen quality by regulating reproductive hormone levels and oxidative stress in seminal plasma of infertile males.” Fertil Steril. 2010 Aug;94(3):989-96.