レモンバームとは
●基本情報
レモンバームはシソ科の多年草[※1]ハーブで、レモンに似た良い香りを持つミントの仲間です。レモンバームのミントグリーンのハート型の葉はふちが鋸歯(のこぎりの歯のような形)状、先端が波状で、葉は綿毛で覆われており30㎝~90㎝の高さに育ちます。晩夏に小さな白い花を咲かせます。レモンに似た香りが最も良い、花が咲く時期に摘み取られます。
レモンバームは葉の部分を使用することが多く、主要な成分として、精油成分、タンニン類、フェノール酸、ロスマリン酸などが含まれます。レモンバームには精神の高ぶりを鎮め、頭痛や腹痛などの痛みをやわらげる働きがあります。最近の研究では、アルツハイマーの予防や放射線を防御するといった効果・効能が期待できるという実証的研究も行われています。
●レモンバームの歴史
レモンバームの原産地は南ヨーロッパです。古代ギリシャ・ローマの時代から価値のあるメディカルハーブとして重視されてきました。レモンバームをワインに漬け込んで、内用や外用で用いた記録が残っています。ルネサンス期の医者であるパラケルススは、レモンバームのことを「不老不死の万能薬」と呼んでおり、葉がハートの形をしていることから心臓の病に効くと信じられていました。現在では南ヨーロッパ、ドイツ、アジアを含む多くの地域で栽培されています。
●レモンバームに含まれる成分と性質
レモンバームには精油成分が含まれており、シトロネラールやシトラールが知られていて、神経を落ち着かせ、気分を高めます。シトラールは、防臭剤、軟膏、殺虫剤に香りをつけるためにも使われています。その他にもタンニン類、フェノール酸などが含まれます。
●食品としてのレモンバームの使い方
フレッシュレモンバームを買うときは、茎や葉がしっかりしていて、黒い斑点がないことを確かめてください。レモンバームは生でも、ドライハーブとしても使えます。特に刺激の強い食べ物とよく合うといわれています。レモンバームの香りは揮発しやすいため、料理の直前に加えるようにすると、よりおいしくいただけます。
レモンバームティーは頭痛を軽くし、胃の不調、神経のイライラ、めまいをなくすといわれています。食後のレモンバームティーはガスがたまりお腹の張りや、激しい腹痛を軽くします。
レモンバームはレモンのようにさわやかな香りですが、酸味はなくすっきりした味わいです
[※1:多年草とは、茎の一部、地下茎、根などが枯れずに残り、複数年にわたって生存する草のことです。]
レモンバームの効果
●記憶力や学習力の低下を改善する効果
私たちの脳内では、主に海馬や前頭葉が記憶力や学習力、集中力を担っており、その維持には複数の神経伝達物質が関わっています。その中でも、特に記憶力や学習力に関わるものとして、「アセチルコリン」が知られています。アセチルコリンは、大豆や卵黄に多く含まれているレシチンという物質を摂取することで、脳内で作ることができます。脳内のアセチルコリンの量が高まれば記憶力や学習力が高まりますが、加齢や病気により脳内でアセチルコリンが十分作れない、あるいは分解が進むことで脳内のアセチルコリンの量が減少すると、記憶力や学習力、集中力の低下を招いてしまいます。
レモンバームには、脳内のアセチルコリンを分解する酵素(アセチルコリンエステラーゼ)の働きを抑える効果があります。そのため、レモンバームを摂取することで脳の海馬でアセチルコリンエステラーゼ活性が抑えられ、記憶力や学習力を改善する効果が期待できます。【1】【2】
●脳の健康を維持する効果
脳は酸素を多く必要とする器官であるため、酸化ストレスによる影響を受けやすくなっています。また、酸素をスムーズに脳に届けるために、脳の血管が健康で柔軟性に富んでおり、血流が正常に保たれることが重要です。しかし、糖尿病や高脂血症などの生活習慣病や、加齢とともに脳の血管が脆くなり、脳の細い血管に高い血圧がかかると、血管が破れたり詰まったりします。このようにして脳卒中や脳梗塞が起こると、脳は酸素や栄養が不足するために脳細胞が死んでしまい、認知機能の低下や運動障害が生じることもあります。そのため、高い抗酸化作用をもつビタミンやカロテノイド、ポリフェノールの摂取が脳の健康維持には重要です。
レモンバームには、脳の虚血状態における脳細胞のストレスを軽減させ細胞を保護するとともに、脳の海馬の酸化を抑え、炎症を抑制する効果をもつことが分かっています。【3】
●認知症を予防する効果
脳の疾患として広く知られる認知症は、最も発症割合の多いアルツハイマー型認知症(アルツハイマー病ともいう)において、脳内に原因物質(アミロイドベータ)が溜まってしまうことで脳神経細胞が障害され、認知機能の低下や記憶力の低下が起こります。そのため、認知症を発症してしまうと生活に支障をきたすことから、早期発見と予防対策が重要とされています。
レモンバームに含まれるロスマリン酸には、認知症の原因(アルツハイマー病の原因であるアミロイドベータ)が脳に溜まらないよう防ぐ働きがあるため、認知症の予防に繋がる可能性があります。【4】
また、認知症では脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンの減少が認知機能や記憶力の低下を引き起こす原因となります。レモンバームやその主成分であるロスマリン酸には、アセチルコリンを分解する酵素(アセチルコリンエステラーゼ)の働きを抑えることで、脳の海馬のアセチルコリン量を増やすため、認知症における認知機能や記憶力の低下を防ぐことが期待できます。【2】【5】【6】
●精神を安定させる効果
レモンバームの精油成分がイライラや興奮を落ち着かせます。気分を鎮静させ、心を穏やかにし、抑うつ症を好転させます。ヒステリーやパニック、神経の緊張による不眠などに効果があります。
●消化を促進する効果
レモンバームは消化を促す効果があります。レモンバームの苦味成分が肝臓や胆嚢に作用し、消化吸収を助けます。レモンバームティーは食後の摂取が良いとされています。
また、腸にガスがたまる不調にも良いとされています。
●風邪の症状を緩和する効果
レモンバームの精油成分には緩和な発汗作用もあり、風邪の症状の緩和に有効です。風邪や流感、せきなどの感染症の優れた治療薬となります。【7】
レモンバームは気管支の痙攣を静める効果も発揮し、喘息や気管支炎にも効果があります。
●放射線から身を守る効果
レモンバームエキスを飲用することで、酸化ストレスとDNA損傷の状況を顕著に改善することが実験結果が確認されています。
放射線科で働くスタッフを対象にレモンバームの浸出液を服用した期間の前後で検査を行った実験では、服用期間の前後で血液中のカタラーゼ、SOD酵素及びグルタチオンペルオキシダーゼのレベルが顕著に改善しました。また、血液中のDNA損傷が抑えられ、過酸化脂質[※2]のレベルが明らかに低下したことがわかりました。【8】
●抗菌・抗ウイルス効果
抗菌、抗ウイルス作用があり、口唇ヘルペスに良いとされています。【9】【10】
[※2:過酸化脂質とは、コレステロールや中性脂肪などの脂質が活性酸素によって酸化されたものの総称です。]
レモンバームは食事やサプリメントから摂取できます
こんな方におすすめ
○記憶力を維持したい方
○学習力や集中力を維持したい方
○脳の健康を維持したい方
○認知症を予防したい方
○心を落ち着かせたい方
○うつ病を予防したい方
○消化を促進したい方
○体調を整えたい方
レモンバームの研究情報
【1】レモンバーム抽出物をスコポラミン誘発性学習障害ラットまたはナイーブラットに処置し、モーリス水迷路試験にて記憶力への影響を調べました。その結果、スコポラミン誘発性学習障害を改善し、またナイーブラットの記憶が高まりました。さらに、両ラットの海馬でアセチルコリンエステラーゼ活性を抑えることが確認されました。従って、レモンバーム抽出物にはコリン作動性シナプスを介して記憶力や学習力に働きかけ、アルツハイマー病の記憶障害への有用性が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25657779
【2】20名の健康な若年層の参加者にて、レモンバーム抽出物を単回摂取した結果、高用量の投与にて記憶能力の改善とともに心の落ち着きが増すことが分かりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12888775
【3】レモンバームの脳の虚血疾患に対する効果を調べるため、脳皮質培養神経細胞を低酸素ストレス負荷したin vitro試験、および一過性の海馬虚血ラットモデルを用いたin vivo試験にて効果を調べました。その結果、レモンバームは培養神経細胞の保護作用を示し、ラット海馬の脂質過酸化を減らすと共に、虚血により上昇する炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1β、HIF-1α)のmRNA量を抑制しました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23351182
【4】アルツハイマー型認知症を自然に発症するアルツハイマー病モデルマウス(トランスジェニックマウス:Tg2576)にロスマリン酸を混ぜた餌を摂取させたところ、脳内におけるAβの沈着が抑えられたことから、アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)の予防効果が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19893028
【5】標準化されたレモンバーム抽出物を4ヵ月間摂取したところ、アルツハイマー病患者の興奮が治まり軽度から中等度の症状が改善したということが分かりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12810768
【6】ロスマリン酸について、アセチルコリン分解酵素であるアセチルコリンエステラーゼに対する阻害作用をELISA法により測定した結果、ロスマリン酸にはアセチルコリンエステラーゼ活性阻害作用をもつことが明らかになり、ロスマリン酸に認知機能の改善やアルツハイマー病予防効果が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26059146
【7】精油50種類、オレオレジン24種類について咽頭上気道細菌に対して抗菌試験を行いました。そのうち、レモンバーム精油は主要な成分ゲラニルアセテート、メチルアセテート、αテルピニルアセテートは上気道微生物に対して有効な抗菌性成分となったことから、レモンバームは風邪予防に役立つと考えられています。
https://ci.nii.ac.jp/naid/110007367250
【8】放射線科スタッフ55名を対象に、レモンバームを1日あたり1.5g/100mLの量で1日2回、30日間飲用させたところ、カタラーゼ、SOD、グルタチオンペルオキシダーゼの活性は上昇し、血中のDNAダメージ、ミエロペルオキシダーゼ、脂質過酸化は減少していました。レモンバームは、放射線によるダメージを軽減する働きを持つと考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20858648
【9】口腔ヘルペス患者にレモンバーム抽出物1%入りのリップクリームを塗布したところ、回復期間が短縮し、感染部位の拡大を防ぎ、症状の再発を軽減したことから、レモンバームは抗菌作用を持つと考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10589440
【10】レモンバームの精油について、チフス菌、大腸菌、リステリア菌、黄色ブドウ球菌に対する抗菌作用および抗酸化作用について調べた結果、高い抗菌作用を示すと共に、特に黄色ブドウ球菌に対する抗菌作用が高いことがわかりました。そのため、食品の天然防腐剤としても使用できます。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29085610
【11】標準化されたレモンバーム抽出物を4ヶ月間摂取したところ、アルツハイマー病患者の興奮が治まり軽度から中等度の症状が改善したということが分かりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12810768
【12】レモンバームの熱水抽出物は、培養細胞系において、ニューキャッスル病、おたふく風邪、ヘルペス、牛痘、その他のウィルスに対して抑制作用があることが分かりました。
参考文献
・清水俊雄 機能性食品素材便覧 特定保健用食品からサプリメント・健康食品まで 薬事日報社
・本多京子 食の医学館 小学館
・ローズマリー グラッドスター著 ストレスに効くハーブガイド [単行本] フレグランスジャーナル社
・アン マッキンタイア著 女性のためのハーブ自然療法 産調出版
・佐々木 薫 ハーブティー事典 池田書店
・リエコ 大島 バークレー著 英国流メディカルハーブ 説話社
・林真一郎 編 メディカルハーブの事典 東京堂出版
・ヴィクトリア・ザック ハーブティーバイブル 東京堂出版
・小黒晃 監修 初めてのハーブ作り 世界文化社
・大槻 真一郎 ハーブ学名語源事典 株式会社東京堂出版
・田中 康雄、菊崎 泰枝、中谷 延二 “咽頭上気道細菌に対する精油及びオレオレジンの抗菌活性” (2002) 日本食品化学学会誌 9(2), 67-76, 2002-09-28
・Soodi M, et al. “Memory-improving activity of Melissa officinalis extract in naive and scopolamine-treated rats.” Res Pharm Sci, 2014, 9: 107-14.
・Kennedy DO, et al. “Modulation of Mood and Cognitive Performance Following Acute Administration of Single Doses of Melissa Officinalis (Lemon Balm) with Human CNS Nicotinic and Muscarinic Receptor-Binding Properties.” Neuropsychopharmacology, 2003, 28: 1871-81.
・Bayat M, et al. “Neuroprotective properties of Melissa officinalis after hypoxic-ischemic injury both in vitro and in vivo.” Daru, 2012, 20: 42.
・Hamaguchi T, et al. “Phenolic compounds prevent Alzheimer’s pathology through different effects on the amyloid-beta aggregation pathway.” Am J Pathol, 2009, 175:2557-65.
・Orhan I, et al. “Inhibitory effect of Turkish Rosmarinus officinalis L. on acetylcholinesterase and butyrylcholinesterase enzymes.” Food Chem, 2008, 108:663-8.
・Zeraatpishe A, et al. “Effects of Melissa officinalis L. on oxidative status and DNA damage in subjects exposed to long-term low-dose ionizing radiation.” Toxicol Ind Health, 2011, 27(3):205-12.
・Koytchev R, et al. “Balm mint extract (Lo-701) for topical treatment of recurring herpes labialis.” Phytomedicine, 1999, 6(4):225-30.
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・Ehsani A, et al. “Phytochemical, antioxidant and antibacterial properties of Melissa officinalis and Dracocephalum moldavica essential oils.”Vet Res Forum, 2017, 8(3):223-9.
・小林彰夫ら 監訳 “天然食品・薬品・香粧品の事典”