鉄とは?
●基本情報
鉄とは、赤血球のヘモグロビンの構成成分として、全身に酸素を運ぶ役割をする必要不可欠なミネラルです。
人間の体内には約4gの鉄が存在し、その約70%は、血液中に存在して酸素の運搬に関わったり、筋肉に存在し血液中の酸素を筋肉中に取り込む働きをしています。残りは主に肝臓や脾臓、骨髄に蓄えられ、機能鉄の不足を補う貯蔵鉄と呼ばれています。
貯蔵鉄は機能鉄が不足すると血液中に放出されて利用されます。
また、体内の鉄の0.3%は、チトクローム、カタラーゼ、ペルオキシダーゼといった酵素の構成成分にもなっています。
これらの酵素はエネルギー代謝 [※1]や、肝臓で毒物を分解し解毒する作用に関わっています。
日常生活の中で、鉄は様々な道具をつくる時の材料として、非常に身近な灰白色の金属です。特に、鉄が主成分の合金である鋼 (ステンレス)などとして広く利用されています。地球上には酸化物や鉱物として分布しています。鉄は乾いた空気中では安定していますが、湿気により酸化されてさびが生じるという性質を持っています。
●鉄の歴史
鉄は、古くから利用されてきた金属です。紀元前15世紀頃、アナトリア半島 (現在のトルコ)のヒッタイト人によって人工的に鉱石から鉄を製鉄するようになったとされています。
古代エジプト文明では、古代ギリシア文明の時代にも鉄が使用されていたといわれています。
製鉄技術はヒッタイトから西アジア、エジプト、ギリシアを経て中国へ伝わり普及しました。鉄器は、それまで主流だった青銅器と比べて大量生産がしやすく、耐久性にも優れていたため、武器や農器具として広まったのです。
日本には紀元前3世紀頃の弥生時代になってから鉄が伝わり、稲作の器具などとして使われるようになりました。
また、16世紀の戦国時代になると、織田信長をはじめとする戦国武将が、鉄でつくられた銃を利用して活躍しました。
その結果、日本で鉄の加工技術が高まり鍛冶職なども広まり、その後の日本の発展につながりました。
さらに、鉄は栄養素としても歴史が古く、古代ギリシアで貧血の治療に使われたといわれています。
17世紀には、イギリスの内科医シデナムが、鉄をワインに浸したものを貧血の治療に使用しました。
また、1747年には、イタリアのメンギニによって血液中に鉄が存在することが明らかになりました。
その後1838年、スウェーデンの化学者ベルツェリウスが血液中に鉄含有色素が存在することを発見し、この色素が酸素と結合することを見出しました。
●ヘム鉄と非ヘム鉄の吸収
鉄は小腸で吸収されますが、体内での吸収率は平均して約8%と非常に低く、欠乏しやすいミネラルです。
栄養素としての鉄は、「ヘム鉄」と「非ヘム鉄」の2つに分けられます。
「ヘム鉄」は肉類など動物性食品に多く含まれ、体内と同じくたんぱく質と結びついた形で存在しています。
吸収率は約23%で、非ヘム鉄に比べて3~5倍効率良く吸収します。
「非ヘム鉄」は、野菜などの植物性食品に含まれる鉄で吸収率は約5%です。体内での必要量に応じて吸収量が変化するのは、主にこの非ヘム鉄です。非ヘム鉄は、妊娠時など必要量が増加する時には体内への吸収率がアップするといわれています。
鉄は金属の形のままでは吸収されず、吸収されるためには胃酸によって鉄をイオンの形に変える必要があります。
さらに、鉄イオンには2価 [※2]のものと3価のものがあり、2価鉄の方が吸収されやすい性質を持っています。
食品中の3価鉄は体内で2価鉄に変換されて吸収されます。
ビタミンCやクエン酸、ラクトフェリンは、この変換を助けるので、鉄と同時に摂取することでより吸収を高めることができます。
これらのことから、植物性食品の場合でもビタミンCやラクトフェリンを組み合わせると効率良く鉄を摂取することができます。
そのほか、鉄鍋など鉄でできた調理器具などを使うと鍋の鉄が料理中に溶け出し、鉄の摂取量を増やすことができます。
一方で、穀物に含まれているフィチン酸や、お茶に含まれるタンニン、卵黄に含まれるホスビチン [※3]、ほうれん草などに含まれるシュウ酸 [※4]などは、体内で鉄と結合して鉄の吸収を妨げます。
●鉄の欠乏症
鉄分不足は、世界的に多くみられる欠乏症です。
特に成長期の子どもや妊娠中の女性は、鉄の必要量が増加します。
女性の月経、特に月経過多の場合や、子宮筋腫や痔、胃・十二指腸潰瘍、胃ガンなどで出血を伴う場合も不足しやすくなります。
男性や閉経後の女性の場合は、あまり鉄が欠乏することはありません。
そのほか、食事中に含まれる鉄の量が少ない場合や食事量自体が少ない場合は、食品からの鉄摂取が不足することがあります。
鉄の不足によって起こる代表的な欠乏症は、「貧血」です。貧血の90%は鉄が欠乏することが原因で起こります。
貧血は、血液中に含まれる血色素 (ヘモグロビン)量が減少して血液が酸素を十分に運ぶことができず、体が酸素不足になることで、頭痛、めまい、倦怠感、動悸、息切れ、食欲不振、疲れやすくなるといった症状が起こります。
体内で酸素を運ぶ働きをしている鉄を「機能鉄」と呼びますが、機能鉄が不足すると貯蔵鉄が血液中に放出され、不足分を補います。貧血は、貯蔵鉄までもが底をついて初めて起こるのです。
つまり、鉄欠乏性貧血の症状が見られた時にはすでに貯蔵鉄が枯渇し、血液中の鉄も減少している状態であるといえます。
機能鉄が不足している貧血予備軍の場合は、何の症状もないため気づかないことも多くありますが、月経前後に体調が悪くなったり妊娠時に貧血になりやすい状態となっています。
貧血は、スポーツ選手にも起こりやすい症状です。
ジャンプを繰り返すことによって赤血球が壊れたり、マラソンなどでは大量に汗をかき、消化管の出血によって鉄を喪失します。
貧血になると運動能力も低下するため、しっかりと栄養の摂れる食事をすることが大切です。
妊娠時は、月経による鉄の損失はなくなる一方で胎児のために鉄が使われるため、鉄の必要量が増え貧血になりやすくなりますが、鉄欠乏貧血は鉄分を補うことによって改善します。
しかし、貧血の症状が起こらなくなっても、貯蔵鉄を十分に満たすには時間がかかるため、鉄の摂取を続けることが必要です。
また、貧血の再発を防ぐためには鉄が欠乏した原因を明らかにしておくことも必要です。
そのほか、鉄不足による運動機能や認知機能の低下、体温が保てなくなることによる免疫機能の低下といった症状が見られます。子どもの場合は、豊かな感情や集中力、学習能力の低下、イライラが起こるといわれています。
●鉄の過剰症
鉄は体内での吸収率が低く、必要以上に吸収されない仕組みもあるため、通常の食事をしていて摂り過ぎることはありません。
しかし、薬やサプリメントなどで、鉄を長期間過剰に摂り続けていると、肝臓に障害が起こって鉄沈着が起きたり、肝硬変や肝ガンにつながることもあります。
また、遺伝的に鉄が体内に蓄積しやすい人もいます。
鉄の過剰症は、嘔吐や便秘などの胃腸障害、不整脈、心筋障害、亜鉛の吸収阻害などの症状が起こります。
下の表は、1日あたりの鉄の食事摂取基準を性別・年齢ごとに表しています。
[※1:代謝とは、生体内で物質が次々と化学的に変化して入れ替わることです。また、それに伴ってエネルギーが出入りすることを指します。]
[※2:価とは、この場合、イオン価を指します。価は、原子が帯びている電荷の数によって違いがあります。]
[※3:ホスビチンとは、主に卵黄などに含まれるリンを含むたんぱく質で、金属と強力に結びつく性質を持っています。]
[※4:シュウ酸とは、ほうれん草などの青菜に多く含まれるエグ味成分のことです。]
鉄の効果
●貧血を予防する効果
体内の鉄の約3分の2が血液中で赤血球のヘモグロビンの構成成分となり、肺で取り込んだ酸素を全身の細胞や組織に運ぶ重要な役割をしています。
また、筋肉中のミオグロビンというたんぱく質の構成成分として、血液中の酸素を筋肉に取り込む働きもあります。
鉄は血液中ではトランスフェリン [※5]と結合して、骨髄・肝臓などの臓器へ運ばれ貯蔵されます。
貯蔵された鉄は、機能鉄が不足すると血液中に放出され、機能鉄として酸素を運ぶ働きをします。
酸素が不足すると、細胞は様々な代謝をスムーズに行うことができず、疲れやすくなったり免疫力が低下し、貧血が起こります。
このため、鉄は貧血を予防するために非常に重要な栄養素です。【1】【2】【5】
●疲労回復効果
鉄は細胞に酸素と栄養を届けるヘモグロビンに大切なミネラルです。特に運動時には通常時よりも多くの酸素を必要とします。
また鉄を摂取すると、運動時の乳酸の上昇を抑制するはたらきも報告されており、鉄が運動疲労の回復や持久力維持に役立つと期待されています。【3】
<豆知識>リサイクルされる鉄
体内で吸収された鉄の多くは、骨髄で赤血球の合成に使われます。
赤血球の寿命は約120日で、寿命がきた赤血球は脾臓で破壊されます。
破壊された赤血球の鉄は、何度も繰り返し赤血球の合成に再合成されています。
そのため、鉄の毎日補う必要量は排泄によって失われる1 mg程度です。ただし、鉄の吸収量の低さも考慮すると、食品からはもっと多くの量を摂る必要があります。
[※5:トランスフェリンとは、血液、乳汁、唾液、涙の中にあり、鉄と結合する糖たんぱく質です。]
鉄は食事やサプリメントで摂取できます
鉄を含む食品
○肉類:レバー、赤身の肉
○野菜:小松菜、菜の花
○魚貝類:カツオなど赤身の魚肉、アサリ、シジミ、ヒジキ
○豆類:大豆、インゲン豆、納豆
こんな方におすすめ
○貧血になりやすい方
○生理(月経)中の女性
○成長期のお子様
○スポーツをする方
鉄の研究情報
【1】18~35歳の女性113名を対象として、鉄化合物を1日あたり160 mg (鉄として60 mg) 、16週間摂取させたところ、血清フェリチンと認知機能に改善が見られたことから、鉄が血清フェリチンの増加と認知機能改善に役立つと考えられました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17344500
【2】鉄の摂取と貧血に関する研究(7件:7000名)において、鉄を1日あたり4.9~20.0mg/kg 、3~24ヶ月間摂取させたところ、ヘモグロビンや血清フェリチンの増加が確認されたことから、鉄の摂取が貧血の予防に役立つと考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18554425
【3】学童児ならびに青年に対する鉄摂取と運動疲労に関する研究(3件:106名)において、鉄を1日あたり30, 40, 200mg 、1~2ヶ月間摂取させたところ、運動持久力が増加し、運動疲労の指標である乳酸の上昇が抑制されたことから、鉄が運動疲労の軽減と持久力維持に役立つと示唆されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17277426
【4】学童児を対象に鉄摂取と身体成長に関する研究(25件、4640名)において、鉄サプリメントを1日あたり15-80mg/kg 摂取させたところ、マラリア発生地域の学童において、成長促進効果が顕著に見られ、この効果は特に5歳以上で顕著でした。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17010257
【5】妊娠中の鉄分補給と妊娠中の症状に関する研究(49件:23200名)において、鉄を摂取させると出産前後の母体のヘモグロビン量を増加させることで、分娩時の貧血リスクを抑制されました。鉄の妊娠中の摂取には多くの検討課題が残っていますが、分娩中の貧血リスクを軽減することが示唆されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19821332
【6】子供を対象にした鉄摂取と、子供の息止め発作に対する研究(2件:87名)において、鉄を1日あたり5mg/kg 、16週間摂取させたところ、こどもの息止め発作の回数ならびに重篤度が抑制されたことから、鉄が息止め発作の予防に役立つと考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20464763
【7】鉄は多くの酵素を構成するミネラルで、カタラーゼ(ヘム結合タンパク質)や鉄-硫酸タンパク質、リボヌクレオチド還元酵素の構成酵素となります。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16112186
参考文献
・中屋豊 よくわかる栄養学の基本としくみ 秀和システム
・清水俊雄 機能性食品素材便覧 特定保健用食品からサプリメント・健康食品まで 薬事日報社
・奥恒行 柴田克己 編 基礎栄養学 南江堂
・中村丁次監修 最新版からだに効く栄養成分バイブル 主婦と生活社
・上西一弘 栄養素の通になる第2版 女子栄養大学出版部
・則岡孝子監修 栄養成分の事典 新星出版社
・原山 建郎 著 久郷 晴彦監修 最新・最強のサプリメント大事典 昭文社
・井上正子監修 新しい栄養学と食のきほん事典 西東社
・中嶋洋子 栄養の教科書 新星出版社
・吉田企世子 安全においしく食べるためのあたらしい栄養学 高橋書店
・Murray-Kolb LE, Beard JL. 2007 “Iron treatment normalizes cognitive functioning in young women.” Am J Clin Nutr. 2007 Mar;85(3):778-87.
・Wang B, Zhan S, Xia Y, Lee L. 2008 “Effect of sodium iron ethylenediaminetetra-acetate (NaFeEDTA) on haemoglobin and serum ferritin in iron-deficient populations: a systematic review and meta-analysis of randomised and quasi-randomised controlled trials.” Br J Nutr. 2008 Dec;100(6):1169-78.
・Gera T, Sachdev HP, Nestel P. 2007 “Effect of iron supplementation on physical performance in children and adolescents: systematic review of randomized controlled trials.” Indian Pediatr. 2007 Jan;44(1):15-24.
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・Peña-Rosas JP, Viteri FE. 2009 “Effects and safety of preventive oral iron or iron+folic acid supplementation for women during pregnancy.” Cochrane Database Syst Rev. 2009 Oct 7;(4):CD004736.
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