ヨウ素(ヨード)とは?
●基本情報
ヨウ素とは、人間にとって必要不可欠なミネラルのひとつで、ヨードとも呼ばれます。人間の体内には甲状腺に多く存在し、約10~20 mg存在します。甲状腺は、のどの辺りにある指先ほどの大きさの器官で、蝶が羽を広げたような形をしています。甲状腺は、代謝の維持に必要な様々なホルモンを分泌する器官で、ヨウ素は甲状腺から分泌されるホルモンの主要な構成成分となり働いています。
ヨウ素には殺菌作用もあり、手術前に使用される消毒液や、うがい薬などの消毒薬として使用されています。また、千葉県の白子温泉や新潟県の柏崎温泉は、殺菌効果のあるヨード温泉として有名です。
消毒液などは刺激性が強く外用のみに使うもので、飲用することはできません。
ヨウ素は海水中に多く存在するため、海のミネラルとも呼ばれます。コンブやワカメ、ヒジキなどの海藻や魚介類に多く含まれており、海藻を食べる習慣のある日本では、ヨウ素が不足する心配はほとんどありません。しかし、海藻や魚介類を食べる習慣のない諸外国では欠乏しやすい栄養素といわれ、アメリカなどではヨウ素とナトリウムの化合物であるヨウ化ナトリウムを食塩へ添加して販売されています。
ヨウ素は、黒紫色で光沢のある金属の結晶です。ヨウ素の結晶が溶けると液体となり、その液体は赤褐色をしています。また、結晶が気体になると紫色になります。
ヨウ素はアルコールなどの有機溶媒やヨウ化カリウム水溶液によく溶け、酸素とは反応しません。デンプンと反応すると、深い青紫色を示します。
<豆知識①>ヨウ素デンプン反応
ごはん粒やじゃがいもに、ヨウ素液を加えて青紫色に発色する実験を「ヨウ素デンプン反応」といいます。これは、デンプンがらせん構造をしており、らせん構造の中にヨウ素が入り込むと紫色を示す性質を利用しています。
家庭でヨウ素デンプン反応を試す場合には、市販されているうがい薬を約20倍に薄めると、ヨウ素液として使用することができます。
このヨウ素デンプン反応は、手洗いチェックなどに利用されています。これは、片栗粉の水溶液を手につけてから手を洗い、薄いヨウ素液を手のひらにスプレーすると、汚れが残っている部分が紫色に変わるというものです。この方法によって、汚れを洗い落としにくい部分を確認することができます。
●ヨウ素の歴史
ヨウ素は、ナポレオン戦争(1803年~1815年)の時に海藻から火薬を製造している時に偶然発見されたミネラルです。
1811年、フランスの硝石業者クールトアによって、海藻の中からヨウ素が発見されました。硝石は火薬の原料となる鉱物で、当時は海藻を焼いた灰から生産されていました。クールトアは、海藻を焼いた灰を抽出した液に酸を加えると刺激臭がある気体が発生し、それを冷やすと黒紫色の結晶ができることを見出しました。
1813年には、フランスの化学者ゲイ・リュサックによって、この物質が新しい元素であることが発見されました。
英語ではヨウ素のことを「iodine」といいます。これには、ヨウ素を瓶に入れておくと紫色の気体が立ち込めることから、ラテン語ですみれ色という意味の「ioeides」から命名されたという説や、ギリシア語で紫色という意味の「iodes」から命名されたという2つの説があります。
日本語では、ドイツ語名「Jod (ヨート)」の発音からヨードと呼ばれるようになりました。漢字では「沃素」または「沃度」と書きます。元素名や栄養素として使う場合は、ヨウ素という呼び方が一般的です。
栄養素としては、フランスの化学者ブサンゴーが、甲状腺腫に対する有効成分がヨウ素であることを発見し、1825年からはヨウ素が甲状腺の腫れに対する治療に使われるようになりました。
●ヨウ素の働き
食事から摂取したヨウ素は、胃と腸で吸収されて血液で運ばれ、甲状腺に取り込まれて蓄積されます。甲状腺は、人間が生きていくための代謝の維持に必要な多くのホルモンを分泌する器官で、ヨウ素は主にトリヨードチロニンとチロキシンという甲状腺ホルモンをつくる材料となります。
ホルモンとしての働きはトリヨードチロニンの方がはるかに強く、作用するのも主にトリヨードチロニンです。トリヨードチロニンはチロキシンからもつくられますが、チロキシンからトリヨードチロニンをつくるためにはセレンが含まれる酵素が必要となるため、セレンが欠乏しても甲状腺の機能異常として甲状腺機能低下症が起こることがあります。【1】
●ヨウ素の欠乏症
ヨウ素は吸収率が高く、日本ではヨウ素不足による欠乏症が見られることはありませんが、世界的には不足しがちな栄養素です。ヨウ素が不足すると、脱毛、貧血、体力の低下、倦怠感、成長障害などの症状がみられます。
ヨウ素不足が続くと、血液中の甲状腺ホルモンの量が減り、脳は甲状腺を刺激するホルモンを出します。脳から出されたホルモンの刺激を受けると甲状腺が肥大し、のどの部分が腫れて機能低下を起こす甲状腺肥大や、甲状腺腫が起こります。また、甲状腺ホルモンには発育を促進する作用があるため、成長期にヨウ素が不足した場合には発達異常や精神遅延などがみられます。特に、妊娠中にヨウ素が欠乏すると、胎児に脳の未発達や成長障害が起こったり、出生後に甲状腺腫や甲状腺機能低下がみられるクレチン症という疾患が起こります。
ヨウ素欠乏による甲状腺腫は、鉄やビタミンAの欠乏症とともに世界の三大栄養素欠乏症のひとつにも挙げられています。
●ヨウ素の過剰症
日本人の場合、ヨウ素の過剰摂取が問題となることがあります。健康な人はヨウ素の摂取量が多少増えても、排泄によって体内のヨウ素の量を調節することができます。しかし、長期間ヨウ素の過剰摂取が続くと、ヨウ素が不足した場合と同じく発育に異常が出たり、甲状腺肥大や甲状腺腫などの症状がみられます。ヨウ素が過剰になると、体内でのヨウ素の代謝が抑制されたり、活性の高い甲状腺ホルモンへの変換がうまくいかず、甲状腺の機能低下を起こすことがあるためです。
また、甲状腺ホルモンは基礎代謝を調節するホルモンでもあるため、ヨウ素の過剰摂取によって体重増加、頻脈、筋力低下、皮膚熱感などの症状がみられることがあります。
日本では、以前こんぶの摂取量が多い北海道の海岸地帯で甲状腺腫がみられました。当時この地域では、1日に数十 mgものヨウ素を摂っていたと推定されています。
健康のためには、ヨウ素を過不足なく摂取することが必要です。
ヨウ素の摂取基準は以下の表の通りです。
<豆知識②>ヨード卵の秘密
ヨウ素を添加した食品として代表的なものに、ヨード卵があります。ヨード卵は、ほかの卵と比べてコクがありおいしいといわれています。メーカー発表によると、ヨード卵1個あたりにヨウ素が0.6 mg含まれており、ヨウ素がほとんど含まれない普通の卵とは育て方に大きな違いがあります。ヨード卵は鶏のエサに海藻粉末などを混ぜて産卵させているため、普通の卵と比べて栄養価が高いといえます。
<豆知識③>バセドウ病(甲状腺機能亢進症)と甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンは、全身の組織の代謝を活発にする働きがあります。そのため甲状腺ホルモンが多くなるバセドウ病(甲状腺機能亢進症)の場合、エネルギー消費が高まるため心臓が多くの血液を送らなくてはならなくなり、頻脈になります。体温も上昇し、汗をかきやすく、食事を十分に食べていても体重減少が起こります。
一方で、甲状腺ホルモンが少なくなる甲状腺機能低下症 (橋本病やクレチン症)では、代謝が低下し、体温が下がり、脈も遅くなります。さらに、行動も遅くなることがあります。
ヨウ素(ヨード)の効果
●基礎代謝を高める効果
ヨウ素が材料となってつくられた甲状腺ホルモンは、交感神経 [※1]に働きかけて基礎代謝を調節する効果があります。全身の基礎代謝を向上させて呼吸を早め、酸素の消費量を高めたり、心臓の働きを強くして脈拍数や心拍出量を増やします。
また、ヨウ素は基礎代謝を高めることから、甲状腺の機能が異常に高まり基礎代謝が過度に上がるバセドウ病などの治療の際には、ヨウ素の摂取が制限されることがあります。
最近ではヨウ素が血中の悪玉 (LDL)コレステロール値を下げる、脂肪燃焼を促すなどといった実験結果の報告もされており、動脈硬化の予防やダイエットへの期待も高まっています。しかし、摂り過ぎても健康への害があるため、適量を摂取することが大切です。【2】【3】
●成長を促進する効果
ヨウ素が材料となってつくられた甲状腺ホルモンは、三大栄養素である炭水化物 (糖質)、脂質、たんぱく質の代謝を促進し、成長や神経活動を活発にする効果があります。
ヨウ素は代謝を促進することによって、細胞の生まれ変わりが盛んな皮膚や髪、爪を健康に保つために重要な役割を担っています。また、神経細胞の発達や末梢組織の成長にも関わるため、脳や知能の発達にもヨウ素が必要不可欠です。成長の促進に関わるため、乳幼児や成長期の子どもには特に必要な成分です。【2】【3】
[※1:交感神経とは、生命を維持している自律神経の一種です。不安・恐怖・怒りなどストレスを感じている時に働きます。]
ヨウ素は食事やサプリメントから摂取できます
ヨウ素(ヨード)を含む食品
○海藻類:コンブ、ワカメ、ヒジキ、アマノリなど
○魚介類:イワシ、サバ、カツオ、ブリ
こんな方におすすめ
○体のだるさを感じる方
○疲れやすい方
○甲状腺の機能が落ちている方
○成長期のお子様
ヨウ素(ヨード)の研究情報
【1】ヨウ素は、成長と発育に重要な役割を果たす甲状腺ホルモン「チロキシン」の構成要素であり、チロキシンの約65% をヨウ素が占めています。そのためヨウ素は甲状腺機能の維持と甲状腺ホルモンの産生に欠かせないミネラルであることがわかりました。
【2】ヨウ素から作られる甲状腺ホルモンは、エネルギー産生代謝、タンパク質や酵素の合成、糖新生などのはたらきがあります。特に幼年期や成長期におけるヨウ素や甲状腺ホルモンの重要性は高く、ヨウ素の欠乏が成長障害を及ぼすことが知られています。
【3】ヨウ素は成長と代謝を司る酵素、甲状腺ホルモンの合成に不可欠です。特にヨウ素欠乏症による、無気力や精神的停滞など神経機能に及ぶものや、子どもや青年期の心身の発達の遅れが問題となっていることから、ヨウ素の重要性が認識されています。
参考文献
・上西一弘 栄養素の通になる第2版 女子栄養大学出版部
・則岡孝子監修 栄養成分の事典 新星出版社
・原山 建郎 著 久郷 晴彦監修 最新・最強のサプリメント大事典 昭文社
・European Food Safety Authority (EFSA) 2009 “Scientific Opinion on the substantiation of health claims related to iodine and thyroid function and production of thyroid hormones” EFSA Journal. 2009; 7(9): 1214.
・European Food Safety Authority (EFSA) 2009 “Scientific Opinion on the substantiation of health claims related to iodine and the growth of children.” EFSA Journal. 2009; 7(9): 1359.
・European Food Safety Authority (EFSA). 2010“EScientific Opinion on the substantiation of health claims related to iodine and thyroid function and contribution to normal cognitive and neurological function.” EFSA Journal. 2010; 8(10): 1800.
・中村丁次監修 最新版からだに効く栄養成分バイブル 主婦と生活社
・井上正子監修 新しい栄養学と食のきほん事典 西東社
・中嶋洋子 栄養の教科書 新星出版社
・吉田企世子 安全においしく食べるためのあたらしい栄養学 高橋書店
・中屋豊 よくわかる栄養学の基本としくみ 秀和システム
・清水俊雄 機能性食品素材便覧 特定保健用食品からサプリメント・健康食品まで 薬
・奥恒行 柴田克己 編 基礎栄養学 南江堂