グリシンとは?
●基本情報
グリシンとは体内で合成することができる非必須アミノ酸[※1]の一種です。
アミノ酸の中でも最も小さく、単純な構造を持ち、体内ではセリンやスレオニンから合成されます。また、DNA(デオキシリボ核酸)やRNA(リボ核酸)などの核酸の合成にも必要な成分で、全身に酸素を運搬するヘモグロビンや、筋肉の収縮のためのエネルギー源となるクレアチンの原料としても使用されます。グリシンは、脊椎や脳幹に多く存在し、中枢神経で抑制系の神経伝達物質[※2]として働いたり、睡眠の質を高め、不眠を改善したり、活性酸素[※3]を抑えることで、肌の質を改善したりするなどの効果があります。
グリシンはコラーゲンを構成するアミノ酸で、コラーゲン中の約3分の1を占めており、美肌を保つ効果だけでなく、コラーゲンが存在する関節などにも重要な働きをします。また、抗酸化作用があることから、生活習慣病や老化の原因となる活性酸素の生成を抑制します。
グリシンはコレステロール値を下げる効果もあるため、高血圧や脳卒中の予防にも役立ちます。さらに、湿疹や皮膚炎、口内炎の改善に用いられる医薬品の原料としても活用されています。
●グリシンの歴史
グリシンは、1820年にゼラチンの加水分解物[※4]から結晶として発見されました。ゼラチンから発見され、甘味を持つことから、発見当初はゼラチン糖と呼ばれていました。グリシンという名前は、1848年にスウェーデンの化学者ベルセリウスによって名付けられました。
グリシンは絹糸を構成するたんぱく質にも含まれているため、絹糸を加水分解しても得ることができます。
また、1969年にオーストラリアのマーチソンに落ちた隕石から、微量のグリシン、アラニン、グルタミン酸などのアミノ酸が発見されたことから、宇宙にもグリシンをはじめとするアミノ酸が存在すると考えられています。
2002年、薬の有効性を化学的に証明する際の比較対象として、何の効果もない偽薬として、グリシンを用いたところ、実験の参加者の1人が、グリシンを飲んだ翌日に疲労感が軽減したことに気づき、偶然にもグリシンの睡眠改善効果の研究は始まったのです。
●グリシンを含む食品
グリシンは牛スジや鶏の軟骨、豚足などの動物性コラーゲンに多く含まれています。
グリシンは大腸菌などの生育を阻害するため、食品の日持ちを良くする働きがあります。アミノ酸の中でも特にキレート作用[※5]が強く、食品の酸化を防止する効果を持つため、グリシンは、厚生労働大臣によって安全性が認められた指定添加物としても活用されています。甘味があり、においがほとんどないため調味料や保存料として広く利用されています。特に、かにやえびなどの風味づけや、お米の艶を出すために用いられています。
●グリシンの過剰症・欠乏症
グリシンは日常生活で、過剰摂取することはないと考えられていますが、動物実験の結果、過剰摂取することで、呼吸筋のマヒが起こる可能性があることがわかっています。
一方、グリシンが欠乏すると不眠症になる可能性があります。また、コラーゲンを合成する重要な成分であるため、体内でのコラーゲン合成が滞り、膝や腰などの関節痛や、肌荒れを引き起こします。
妊娠中の方や母乳授乳期の胎児に対する安全性は確定していないため、摂取する際には注意する必要があります。また統合失調症の治療薬にクロザピンを用いている場合は、グリシンを併用するとその効果が弱まる恐れがあるといわれています。
●アミノ酸の中でのグリシン
アミノ酸は、構造の違いによりL型とD型の2種に分類されます。グリシンは人間の体を構成する20種類のアミノ酸で唯一、L型とD型の区別がありません。L型のアミノ酸とは通常人間のたんぱく質を構成するもので、D型のアミノ酸の多くは微生物に含まれています。
[※1:非必須アミノ酸とは、体内で合成が可能なアミノ酸のことです。グリシン、アラニン、セリン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、グルタミン、アルギニン、システイン、チロシン、プロリンの11種類です。]
[※2:神経伝達物質とは、神経細胞の興奮や抑制を他の神経細胞に伝達する物質のことです。]
[※3:活性酸素とは、普通の酸素に比べ、著しく反応性が増すことで強い酸化力を持った酸素のことです。体内で過度に発生すると、脂質やたんぱく質、DNAなどに影響し、老化などの原因になるとされます。]
[※4:加水分解物とは、反応物における水の反応によって、得られた分解物を指します。]
[※5:キレート作用とは、体の中のミネラルを安定化させる作用です。]
グリシンの効果
●睡眠に対する効果
グリシンは血管を拡張させ、表面体温の上昇を促すことで体内の熱を放出し、体の中心温度を下げます。体は眠りに入ろうとするとき、自然と体の内部の温度を下げるので、グリシンは自然な睡眠を導く効果があります。
グリシンは睡眠に入りやすくするだけではなく、睡眠の質も高める働きもあります。
睡眠不足の方を対象に、寝る前に、グリシンを含む食事と含まない食事を摂取させ、翌朝の作業効率と眠気を比較した結果、グリシンを摂取した方が疲労感や眠気が減り、パソコンを使った作業の効率が良くなるということが明らかになりました。
グリシンを摂取することによって、質の良い眠りの証拠であるノンレム睡眠[※6]の時間が増加するだけでなく、ノンレム睡眠の中でも特に睡眠が深くなっている「徐波睡眠」[※7]により早く到達することが分かっています。このことからもグリシンは睡眠の質を向上することがわかります。
また、グリシンによって良質な睡眠を得ることで、睡眠中に生成される身長の伸びや、筋肉の形成を促す成長ホルモンの分泌を促す効果もあります。【1】【2】【6】
●抗うつ効果
グリシンは、脳内神経伝達物質であるセロトニンを増加させることが報告されています。セロトニンは脳内で不足するとうつ症状を引き起こすことが知られています。グリシンがセロトニンを増加させることにより、抗うつ作用を持つと報告されています。【3】【4】【5】
●美肌効果
グリシンは、皮膚のコラーゲンを生成するアミノ酸のうち約3分の1を占めています。
肌は表面から厚さ約0.01mmの角質層、約0.1mmの表皮層、2~3mmの真皮層に分かれています。コラーゲンは肌の真皮層の大部分を占めており、肌の弾力を支える重要な成分です。グリシンは、そのコラーゲンを構成しているため、肌のハリや弾力を保つのに必要な成分といえます。
また、角質層の細胞はケラチン繊維[※8]と線維間物質から構成されており、線維間物質に肌の潤いを保持する天然保湿成分(NMF)が存在します。グリシンをはじめとするアミノ酸は、天然保湿成分(NMF)の約40%を占めており、肌荒れを起こしやすい人は角質層に含まれるアミノ酸が不足しているということがわかっています。【7】
[※6:ノンレム睡眠とは、身体が眠っているレム睡眠に対して、脳が眠っている睡眠状態のことです。]
[※7:徐波睡眠とは、脳波に大きくゆるやかな波が現れ、深い眠りに入っている睡眠状態のことです。]
[※8:ケラチン繊維とは、肌の角質層に存在するハリと弾力を保つ物質です。]
グリシンは食事やサプリメントで摂取できます
グリシンを多く含む食材
○牛スジ
○鶏軟骨
○豚足
○エビ
○カニ
こんな方におすすめ
○睡眠でお悩みの方
○うつ病を予防したい方
○美肌を目指したい方
グリシンの研究情報
【1】睡眠制限者にグリシンを摂取させると、睡眠不足による疲労と日中の眠気を大幅に軽減しました。またラットを使った実験では、グリシンが脳神経ペプチドを調節することで睡眠制限による眠気および疲労を改善する可能性が示唆され、グリシンに睡眠不足による疲労改善と日中の眠気改善効果が期待されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22529837
【2】ラットにグリシンを経口投与すると、血漿および脳脊髄液グリシン濃度の大幅な増加がみられ、皮膚血流量の増加にともない、深部体温が低下しました。睡眠開始時にはこの深部体温の低下が重要な意味を持つためグリシンには睡眠の質を改善する可能性が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22293292
【3】ラットにグリシンを体重あたり2g/kg 及びD-セリンを2g/kg を経口投与させると、睡眠導入や不安症改善に関わる神経伝達物質セロトニン濃度が増加しました。そのためグリシンには睡眠改善と統合失調症における陰性症状を改善すると示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21414089
【4】慢性統合失調症患者11名に、グリシンを1日あたり 0.8 g/kg 、6週間摂取させたところ、統合失調症の陰性症状(うつ病疾患に類似) の改善と抑うつ症状と認知機能の改善が見られました。この結果より、グリシンには統合失調症の陰性症状の改善や抑うつ症状と認知機能改善効果が示唆されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8932891
【5】慢性統合失調症患者14名に、グリシンを投与すると、統合失調症の陰性症状の改善が認められました。グリシンに統合失調症の陰性症状の改善効果が示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8037263
【6】就寝前にグリシンを3g を摂取させ、翌朝の自覚症状について確認したところ、翌朝の疲労感、活発、頭の冴えなどに改善が見られました。グリシンには目覚めの良さを改善するはたらきがあることが示唆されています。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1479-8425.2006.00193.x
【7】下腿潰瘍患者22名において、アミノ酸、L-システイン、グリシンおよびDL-スレオニンを週3回12週間塗布したところ、潰瘍の治療の程度と疼痛の改善が見られました。グリシンを含む、アミノ酸製剤は潰瘍改善に役立つことが示唆されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3933019
参考文献
・櫻庭雅文 著 アミノ酸の化学 その効果を検証する 講談社
・船山信次 著 アミノ酸 タンパク質と生命活動の化学 東京電機大学出版局
・板倉弘重監修 暮らしの栄養学 日本文芸社
・田中平三 健康食品のすべて-ナチュラルメディシンデータベース- 同文書院
・Bannai M, Kawai N, Ono K, Nakahara K, Murakami N. 2012 “The effects of glycine on subjective daytime performance in partially sleep-restricted healthy volunteers.” Front Neurol. 2012;3:61.
・Bannai M, Kawai N. 2012 “New therapeutic strategy for amino acid medicine: glycine improves the quality of sleep.” J Pharmacol Sci. 2012;118(2): 145-8.
・Bannai M, Kawai N, Nagao K, Nakano S, Matsuzawa D, Shimizu E. 2011 “Oral administration of glycine increases extracellular serotonin but not dopamine in the prefrontal cortex of rats.” Psychiatry Clin Neurosci. 2011 Mar;65(2): 142-9.
・Heresco-Levy U, Javitt DC, Ermilov M, Mordel C, Horowitz A, Kelly D. 1990 “Double-blind, placebo-controlled, crossover trial of glycine adjuvant therapy for treatment-resistant schizophrenia.” Br J Psychiatry. 1996 Nov;169(5):610-7.
・Javitt DC, Zylberman I, Zukin SR, Heresco-Levy U, Lindenmayer JP. 2009 “Amelioration of negative symptoms in schizophrenia by glycine.” Am J Psychiatry. 1994 Aug;151(8):1234-6.
・Wataru YAMADERA, Kentaro INAGAWA, Shintaro CHIBA, Makoto BANNAI, Mich. 2007 “Subjective effects of glycine ingestion before bedtime on sleep quality in human volunteers, correlating with polysomnographic changes” Sleep and Biological Rhythms. 2007 April Volume 5, Issue 2, pages 126–131
・Harvey SG, Gibson JR, Burke CA. 1985 “L-cysteine, glycine and dl-threonine in the treatment of hypostatic leg ulceration: a placebo-controlled study.” Pharmatherapeutica. 1985;4(4):227-30.