グリセリンとは?
●基本情報
グリセリンとは、高等植物[※1]や海藻、動物などに広く含まれるアルコールの一種で、グリセロール(glycerol)とも呼ばれています。
人間の体内では、中性脂肪として存在しています。体の中性脂肪は、いったん脂肪酸とグリセリンに分解され、小腸で吸収されたのち、小腸壁で中性脂肪に再合成されます。グリセリンと脂肪酸から構成される中性脂肪は、必要に応じてエネルギーに変わりますが、普段は皮膚下や筋肉などに蓄えられています。
グリセリンは、無色透明の粘性を持つ液体で、においはありませんが、甘味を持つのが特徴です。名前の由来は、ギリシャ語で「甘い」を意味するglykys(グリキス)にちなんだものです。
グリセリンは、甘味を持つことから甘味料として利用されています。また、強い吸湿力を持つため、化粧品や軟膏などの保湿成分としても配合されています。
グリセリンには、ヤシ油やパーム油などを原料とした天然グリセリンと、石油を原料とした合成グリセリンがありますが、最近では天然グリセリンが主流となっており、化粧品や軟膏などに使用されるグリセリンは、ほとんどが天然のものとなっています。
天然グリセリンは、ヤシ油やパーム油を加水分解して得られた水溶液を、精製・濃縮し、粗製グリセリンをつくり、そこからさらに蒸留・精製することで製品化され、化粧品などに配合されています。
●グリセリンの歴史
グリセリンは、1779年にスウェーデンのカール・ヴェルヘルム・シェーレがオリーブ油から発見しました。
発見当初は、膠(にかわ)[※2]やコルクの製造に利用されていましたが、その用途は次第に織物やインクの染色助剤に広がっていき、現在では化粧品や水彩絵具、医療の分野では利尿薬や脳圧降下薬、浣腸薬、目薬など様々なものに配合されています。
●グリセリンの性質
グリセリンは、無色透明の粘性を持つ中性の液体で、においがなく水に非常に溶けやすい性質を持っています。また、甘味と強い吸湿力を持つことから、甘味料や化粧品にも使用されています。
グリセリンは、可燃性を持つことから消防法により危険物第4類(引火性液体)の第3石油類に指定されています。しかし、グリセリンは無害であり、生物分解も早いことから堆肥(たいひ)[※3]に加えて畑の腐植土[※4]つくりに活用されています。
<豆知識>ダイナマイトに利用されるグリセリン
グリセリンの用途は化粧品や医薬品だけに留まることなく、ダイナマイトにも利用されています。
1846年、イタリアのAscanio Sobrero(アスカニオ・ソブレロ)が、グリセリンと硝酸および硫酸の混合物を反応させて、ニトログリセリンを発明しました。グリセリンとしては無害ですが、ニトログリセリンは驚異的な爆発力を持つ危険物でした。発明者自身、実験中の爆発によりやけどだらけで、あまりに危険すぎて使いものにならず、多くの人々の命を奪ったニトログリセリンをつくり出してしまったことを後悔していたといわれています。
その後、1867年にスウェーデンの化学者Alfred Bernhard Nobel(アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル)が、ニトログリセリンを珪藻土(けいそうど)[※5]に染み込ませることで固形化し、安定させ、扱いの容易なダイナマイトをつくり出したのです。ノーベルはこのダイナマイト発明中の爆発により弟を亡くしましたが、ダイナマイトは工事現場での岩盤の破壊など、作業の効率化を進めるものとして広く普及しました。一方で、戦争にも利用されました。
ちなみに「ダイナマイトの父」と呼ばれるノーベルは、ダイナマイトの発明者であるとともに、ノーベル賞の生みの親でもあります。
●医薬品としてのグリセリン
グリセリンは、ダイナマイトなど爆薬としても利用されていますが、グリセリン自体に毒性はなく、医薬品としても扱われています。
慢性狭心症などの痛みの軽減や、利尿薬、脳圧降下薬など、様々なものに配合されていますが、その効果は血管を拡張させる作用によるものです。
[※1:高等植物とは、体制の発達した植物のことです。一般に、根・茎・葉に分化し、維管束を持つ種子植物とシダ植物を指します。]
[※2:膠(にかわ)とは、動物の皮や骨を煮出して固めたものです。古くから接着剤などとして使われ、現在でもマッチの火薬を固めるのに用いたり、バイオリンなど弦楽器をつくる時の接着剤として用いられています。]
[※3:堆肥(たいひ)とは、有機物を微生物によって完全に分解した肥料のことです。]
[※4:腐植土とは、植物が分解されて土になったものです。腐葉土とも呼ばれます。]
[※5:珪藻土(けいそうど)とは、藻類の一種である珪藻の殻の化石よりなる堆積物のことです。]
グリセリンの効果
●美肌効果
グリセリンは、強い吸湿性を持つ性質があります。その性質から、保湿剤として化粧品などに多く配合されています。
グリセリンは水に溶けやすい成分で、保湿剤の中では感触が重く、濃度が高いとべとつきを感じます。そのため、皮脂欠乏症の方には非常におすすめの成分であるといえます。
グリセリン配合の化粧品は、グリセリンの添加率に応じて、保湿感とべとつきが増えていきますが、15~20%以上になると逆に肌の水分を奪ってしまうことがあります。
グリセリンはヒアルロン酸のように、保湿だけを行う成分ではなく、吸湿性が高いため、水分を外部から取り込み保湿する性質があります。高濃度のグリセリンを塗布することで、吸湿能が高まり、大気中の水蒸気と一緒に、肌の水分まで奪って、逆に乾燥させてしまうのです。
また、グリセリンのその性質から、グリセリン配合化粧品の容器のキャップを締め忘れ、そのまま放置しておくと外気中の水分を吸って容器中のグリセリン濃度は徐々に下がり、粘性を失っていきます。そのためグリセリン配合の化粧品は必ずキャップを締めて、外気の進入を妨げる必要があります。
グリセリンは、ヒアルロン酸との相性がとても良く、多くの化粧品にはグリセリンとヒアルロン酸を一緒に配合しているものがほとんどです。
また、グリセリンは肌をやわらかくする効果があり、グリセリン配合の化粧品は保湿効果と肌をやわらかくする効果の両方を兼ね備えているものが多いといえます。
●狭心症に対する効果
狭心症とは、発作的に胸の痛みや圧迫感などの症状を起こす病気のことで、血管の内側が狭くなることによって、心筋に十分な血流・酸素が送り込めないことが原因で胸の痛みが起こります。
グリセリンは、血管を拡張する作用を持つため、狭心症に対して効果的だといえます。
●肌荒れを抑制する効果
グリセリンは、肌荒れを抑制する効果を持ちます。
肌荒れは、乾燥や紫外線など外界からの影響によるものと、疾病や精神状態などの内部環境の影響を受けて起こるものがあります。肌荒れの詳しい発生機序はまだ明らかになっていませんが、肌荒れが生じると一般的に角質層[※6]の水分保持機能が低下し、ターンオーバー[※7]が乱れることでバリア機能が損なわれ、炎症を伴う症状がみられるといわれています。
肌荒れ防止剤には、炎症や乾燥などの状態を改善し、失われた成分を補給する目的と、角質層本来の働きを取り戻させる働きがあります。
グリセリンは、その吸湿性から角質層に潤いを与え、肌荒れを抑制するといえます。
●便秘を解消する効果
グリセリンは、医薬品として浣腸薬に配合されています。これは、グリセリンの持つ吸湿作用によるものです。
肛門から直接浣腸薬を入れることにより、組織から水を吸引し、腸壁を刺激してぜん動運動[※8]を促進し、排便を促すため、グリセリンは浣腸薬として配合されることで便秘を改善する効果があるといえます。
●尿の分泌を促す効果
グリセリンは、利尿薬としても利用されています。
グリセリンは、その性質から腎臓にある糸球体[※9]でろ過されても再吸収されず、化学的変化を受けないため尿細管[※10]の浸透圧[※11]が増加し、水やナトリウムの再吸収が抑制されます。そのため尿の分泌を促す効果があるといえます。
[※6:角質層とは、表皮を多い、皮膚の最も外側に位置している層です。肌の深部から新しい細胞が生まれ変わるたびに、垢となって剥がれ落ちることで一定の厚みを保っています。]
[※7:ターンオーバーとは、肌が生まれ変わる周期のことです。ターンオーバーは20歳頃までは28日前後で生まれ変わるといわれていますが、ターンオーバーは年齢とともに遅れていき、40歳を過ぎると40日以上かかるようになります。年齢とともに肌の透明感やハリが失われる原因のひとつです。]
[※8:ぜん動運動とは、腸に入ってきた食べ物を排泄するために、内容物を移動させる腸の運動です。]
[※9:糸球体とは、毛細血管が糸玉のように球状に集まったものです。腎臓の皮質にあり、血液をろ過し、老廃物を尿として排出する役割があります。]
[※10:尿細管とは、腎臓における糸球体より集合管にいたるまでの、原尿が通り再吸収・分泌などを受ける組織のことです。]
[※11:浸透圧とは、溶液中で溶媒が浸透していく力のことです。]
グリセリンは食事やサプリメントで摂取できます
グリセリンを含む食品
○ヤシ油
○パーム油
こんな方におすすめ
○乾燥肌でお悩みの方
○肌の弾力を保ちたい方
○美肌を目指したい方
○狭心症の方
○便秘でお悩みの方
○排尿でお悩みの方
グリセリンの研究情報
グリセリンの安全性に関する研究が行われています。
【1】ウサギの背部皮膚にニトログリセリン50mg/匹を24時間、48時間貼付した急性経皮毒性試験での影響は認められませんでした。
【2】口腔粘膜に対する刺激試験で、オスウサギにニトログリセリンを0、1.8mg、6mg、12mg/匹単回大量口腔内噴霧の変化は認めれませんでした。
参考文献
・新しい栄養学と食のきほん事典 発行:西東社 著者:井上正子
・沢田隆博, 中川博司, 高橋昌三 (1995) “TTS-Nitroglycerin の毒性研究(第1 報)-ウサギにおける経皮急性毒性試験-.” 基礎と臨床, 1985, 19, 5629-5632
・高橋昌三, 永江祐輔, 楠本澄雄, 照屋博之 (1985) “TTS-Nitroglycerin の毒性研究(第5 報)-ウサギにおける皮膚一次刺激試験-.” 基礎と臨床,1985, 19, 5663-5673
・永岡哲夫, 森脇正彦, 小畠克也, 浜本昇一, 鴻上英晴 (1990) “TY-0155(ニトログリセリンスプレ)のウサギにおける単回投与口腔粘膜刺激試験.” 基礎と臨床,1990, 24, 3085-3097.
・桶谷米四郎, 満園東治, 糸納悠一, 市川浩一, 後條孝雄, 五福正也, 木葉徳安 (1981) “Nitroglycerin (NK-843) の毒性研究(第7 報)ラットにおける妊娠前および妊娠初期投与試験” 応用薬理,1981, 22, 639-648.
・BERGER FM. (1948) “The relationship between chemical structure and central depressant action of alpha substituted ethers of glycerol.” J Pharmacol Exp Ther. 1948 Aug;93(4):470-81.