フッ素とは
●基本情報
フッ素は原子番号9のハロゲン族[※1]元素でミネラルの一種です。フッ素原子は水素原子に次いで小さく、電子を引きつける力が全原子の中でも最大です。これによりフッ素は原子同士が反発し合うことから、結合エネルギー[※2]が極めて低く、どんなものも酸化[※3]してしまうことで知られています。
フッ素は自然界では単体で存在せず、フッ化物として存在しています。植物や動物にごく微量に含まれており、抹茶や魚介類に含まれることが知られています。また、人間の体内では13番目に多く存在する元素で、体重60㎏の人間の場合、約2.6g含まれており、このうち95%は骨などの硬組織[※4]に存在しています。
また、フッ素は半導体や交通・輸送、エネルギー・環境、医薬品・農薬など生活の様々な場面で活躍しています。
●フッ素の歴史
フッ素の歴史は有史以前に遡ります。有史以前からオーストラリアの原住民がフッ素を含む植物汁を矢に塗り、狩りに利用していたといわれています。古代エジプト・ギリシャ・ローマ時代には蛍石[※5]が宝石・装飾品などとして利用されており、中国では漢方薬として用いられていました。
フッ素が書物に登場したのは、1530年に「ベルマヌス」という書物の中でゲオルギウス・アグリコラが蛍石を紹介したのが始まりです。1812年になり、アンペールによって元素名を「フッ素」と名付けられました。
19世紀に入ると数多くの研究者・化学者によりフッ素ガスの単離[※6]が行われました。しかし、フッ素ガスの激烈な性質のために困難を極め、病に倒れる研究者が何人も現われました。そんな中、ようやくフランスの化学者であるアンリ・モアッサンにより1886年に単離に成功しました。アンリ・モアッサンは1906年にノーベル化学賞を受賞しました。
20世紀前半になると欧米で、適量のフッ化物が含まれる水を飲料水としている住民に虫歯が少ないことがわかり、これをきっかけに1940年代半ばに、飲料水にフッ素が少ない地域にフッ素を追加して虫歯予防に適した濃度に調節することが推奨されました。また、飲料水にフッ素が過剰な地域では、フッ素濃度を低くする方策がとられました。この取り組みを水道水フロリデーションと呼んでいます。
●フッ素の排泄
口から摂取したフッ素は体内に入り、血液中に取り込まれます。体内に入ったフッ素の一部は歯や骨の栄養となり、それ以外の大半は腎臓を介し、排泄されてしまいます。
成長期の子どもは、骨と歯にフッ素の取り込みが多い傾向にありますが、フッ素は骨に蓄積することはなく、体内でバランスを保っています。
●フッ素の過剰症
フッ素は同時にたくさん摂ることで歯に縞模様が出るフッ素症[※7]になる危険性も報告されています。フッ素症は斑状歯や歯くされ病とも呼ばれており、1930年以降にようやくその原因がフッ素であると明らかになりました。1942年には、アメリカの国立歯科衛生研究所のH.T.ディーンらによって虫歯と飲料水中のフッ素をフッ素症の関係について調査が行われました。この調査によると、飲料水中のフッ素濃度が高いほどフッ素症の頻度も高くなるという結果が出ています。また、フッ素症は多量にフッ素を摂取した時期に生えた永久歯にみられることが多く、これらの結果からWHO(世界保健機関)は1994年に「6歳以下の子どもへのフッ素洗口は禁止する」という見解を出しています。フッ素を歯に塗って歯の治療を行うことは医療行為とされています。こういった治療を受ける際は歯科医の指示に従うようにし、食事などでも摂りすぎには注意が必要です。フッ素入りの歯磨き粉も、使用後に飲み込みには注意が必要です。
[※1:ハロゲン族とは、周期表第17族の元素の総称です。金属元素ではなく、一価の陰イオンになりやすい性質を持っています。]
[※2:結合エネルギーとは、原子間の結合を切るために必要なエネルギーのことです。数値が大きいほど結合が強固になります。]
[※3:酸化とは、物質が酸素と化合し、電子を失うことをいいます。サビつきともいわれています。]
[※4:硬組織とは、体の中で骨や歯などの硬い組織のことを指します。]
[※5:蛍石とは、ハロゲン化鉱物の一種でフッ化カルシウムを主成分とする鉱物です。]
[※6:単離とは、様々なものが混合している状態から、特定の要素のみを取り出すことです。]
[※7:フッ素症とは、水道水にもともと含まれるフッ素の化合物(フッ化物)、水道水フッ化物添加、歯磨き粉の飲み込みなどによるフッ化物の過剰摂取により、歯に褐色の斑点や染みができる症状を指します。]
フッ素の効果
●歯の健康を保つ効果
フッ素は歯の再石灰化を促進する効果が期待されています。歯はエナメル質と呼ばれる人間の体の中で最も硬い硬組織におおわれており、歯の表面のエナメル質や唾液に含まれる成分が細菌から歯を守っています。歯は食事の度に表面にダメージを受けていますが、1時間程で修復作業が行われ、歯は元通りになり虫歯にならないようになっています。これを歯の再石灰化といいます。ところが、口の中に食べ残しが長時間あると、その食べ残しをもとに虫歯菌が酸をつくり続け、歯のリン酸[※8]やカルシウムなどが溶け出してしまいます。その結果、修復作業が追いつかなくなり虫歯ができてしまいます。
フッ素はエナメル質にカルシウムと一緒にくっつき、歯がリン酸やカルシウムをより取り込みやすいようにする働きがあります。このように歯のエナメル質を強くして、虫歯菌がつくる酸によるダメージから歯を守る役割を担っています。【3】【4】
●虫歯を予防する効果
フッ素は、顎の中で虫歯になりにくい歯をつくります。フッ素を含む水道水や食塩・牛乳を摂り入れることで歯が形成される前から歯質の強化をすることができます。しかし日本では、フッ素の過剰摂取などの心配から、水道水へのフッ素の添加は行われていません。
<豆知識①>上水道へのフッ素の添加
フッ素が虫歯予防に効果があると知られるようになり、アメリカではミシガン州のグランラピッズ市で1945年、上水道にフッ素化物が加えられました。これをきっかけに現在では全米で1億5000万人がフッ素化物入りの上水道を使用しています。世界中でみると、3億人以上がフッ素化物入りの上水道を使用しています。さらに、1969年にはWHO(世界保健機関)が、フッ素による虫歯の予防を推進することになりました。しかし、フッ素の過剰症が知られるようになり、現在では多くの国が中止しています。こうした事情から、日本では現在のところフッ素化物入りの上水道を使用している所はありません。
●骨粗しょう症を予防する効果
フッ素には骨密度[※9]を増加させる働きがあります。骨減少がみられる閉経後の女性にフッ素を含むモノフルオロリン酸を毎日継続して摂取させたところ、骨密度が2.4%増加したという研究結果が出ています。【1】【2】
<豆知識②>薬にも使われるフッ素
フッ素は医薬品の分野でも活躍しています。たとえば、フッ素は緑内障の目薬に使われています。フッ素の特徴である化合物の安定性改善効果や酸化による化合物の分解防止のために配合されています。さらに、世界で一番売れているといわれる高脂血症[※9]治療薬にも含まれています。フッ素はこの薬に配合することで、たんぱく質と相互作用をして活性を上げることがわかっています。
[※8:リン酸とは、体内でDNAやエネルギーをつくり出す働きの中で、重要な役割を果たす成分です。]
[※9:骨密度とは、骨の密度をいいます。一定の面積あたり骨に存在するカルシウムなどのミネラルがどの程度あるかを示し、骨の強度を表します。]
[※10:高脂血症とは、血液中に溶けているコレステロールや中性脂肪値が必要量よりも異常に多い状態のことです。コレステロールは過剰になると体に障害をもたらします。糖尿病と同様に自覚症状に乏しく、動脈硬化によって重篤な病気を引き起こすのが特徴です。]
フッ素は食事やサプリメントで摂取できます
フッ素を含む食品
○いわし
○さんま
○抹茶
こんな方におすすめ
○骨や歯を強くしたい方
○虫歯を予防したい方
フッ素の研究情報
【1】フッ素を添加した飲料水、歯磨き粉、口漱剤等、歯科製品は虫歯のリスクを軽減することが知られており、フッ素が虫歯予防のデンタルケア成分として注目を浴びています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11209578/
【2】16歳までの子供と1年以上フッ素を適応した試験23件7747名の試験結果より、フッ化物配合サプリメントは、未処置歯面、喪歯面、修復歯面の24% の減少に役立つことがわかり、フッ素が虫歯予防に役立つと考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12076446/
【3】フッ素元素換算で11.3~20 mg/日を継続に摂取すると骨密度を増加させます。骨減少がみられる閉経後女性がフッ素20 mgを含むモノフルオロリン酸を毎日継続して96週摂取したところ、背骨の骨密度が2.4%増加し、ホルモン代替療法と併用した場合、モノフルオロリン酸は骨密度を11.8% 増加したことから、フッ素は骨粗鬆症予防効果が期待されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10487657/
【4】骨減少がみられる閉経後女性がフッ素20 mgを含むモノフルオロリン酸を4年間摂取したところ、骨密度が10%増加したことから、骨粗鬆症予防効果が期待されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9652994/
参考文献
・山辺正顕 トコトンやさしいフッ素の本 日刊工業新聞社
・坂下玲子・藤田尚・松下孝幸・下山晃 むし歯の歴史 砂書房
・村上徹 フッ素信仰はこのままでいいのか 績文堂出版
・里見宏 ちょっと待って!フッ素でむし歯予防? ジャパンマシニスト社
・野村憲之 歯で美顔になる。ホントなのウソなの ヒポクラテス
・堀口美恵子 栄養学 食と健康 三共出版
・田浦勝彦・木本一成 歯医者に聞きたいフッ素の上手な使い方 財団法人口腔保健協会
・独立行政法人国立栄養研究所“「健康食品」の安全性・有効性情報「健康食品」の素材情報データベース”
・” Position of the American Dietetic Association: the impact of fluoride on health.” J Am Diet Assoc. 2001 Jan;101(1):126-32.
・Marinho VC, Higgins JP, Logan S, Sheiham A. (2002) “Fluoride gels for preventing dental caries in children and adolescents.” Cochrane Database Syst Rev. 2002;(2):CD002280.
・Alexandersen P, Riis BJ, Christiansen C. (1999) “Monofluorophosphate combined with hormone replacement therapy induces a synergistic effect on bone mass by dissociating bone formation and resorption in postmenopausal women: a randomized study.” J Clin Endocrinol Metab. 1999 Sep;84(9):3013-20.
・Reginster JY, Meurmans L, Zegels B, Rovati LC, Minne HW, Giacovelli G, Taquet AN, Setnikar I, Collette J, Gosset C. (1998) “The effect of sodium monofluorophosphate plus calcium on vertebral fracture rate in postmenopausal women with moderate osteoporosis. A randomized, controlled trial.” Ann Intern Med. 1998 Jul 1;129(1):1-8.