アラキドン酸とは
●基本情報
アラキドン酸とは、n-6系不飽和脂肪酸の一種で、体内ではリノール酸からγ-リノレン酸、ジ・ホモγ-リノレン酸を経て生合成されますが、広義の必須脂肪酸に分類されています。
n-6系不飽和脂肪酸とは、二重結合で結びついた炭素をもつ不飽和脂肪酸のうち、端から数えて6番目の位置に二重結合をもつもののことをいいます。
アラキドン酸は、γ-リノレン酸とともにビタミンFとも呼ばれ、主に肉類や魚介類、レバー、卵、母乳などに含まれており、植物からはほとんど摂取することができません。
体内では細胞膜を構成する主要な成分のひとつで、脳や肝臓、皮膚などのあらゆる組織に存在します。アラキドン酸は乳児の脳や体の発達には欠かせない成分で、特に1歳未満の乳児では、体内でアラキドン酸を合成する力が弱いため、粉ミルクなどにアラキドン酸を添加したものが販売されるなど、その重要度が伺えます。
●胎児や乳幼児に必要不可欠なアラキドン酸
脳は非常に高度な機能を持ちますが、神経細胞がその主役を担っています。神経細胞とは、電気信号を発して情報をやりとりする特殊な細胞で、その数は脳全体で千数百億個にもなります。1つの神経細胞は複雑に分岐した樹状突起[※1]と、そこから伸びた長い繊維から成り立ち、樹状突起が別の神経細胞とつながり、神経回路を形成しています。この間を電気信号が駆け巡り、思考や判断といった脳の高度な機能が生まれます。この神経細胞は胎児のときに爆発的な勢いで形成されます。神経細胞のもとになる細胞のことを幹細胞といいます。アラキドン酸はDHAなどの脂肪酸とともに神経新生[※2]を促進するため、胎児や乳児の脳の発達に欠かすことのできない脂肪酸です。
●アラキドン酸の過剰摂取
日本人の食生活に肉類の割合が増えるにともない、アラキドン酸の摂取量はこの50年で4倍になっています。また、リノール酸の大量摂取でアラキドン酸が体内に過剰になることもあります。
アラキドン酸の摂りすぎは、大腸ガンや前立腺ガン、皮膚ガン、動脈硬化[※3]、アレルギー性湿疹、アトピー性皮膚炎などの症状を引き起こすとされているため、注意が必要です。
また、アラキドン酸は極端なダイエットなどをしない限り、不足することはほとんど考えられませんが、アラキドン酸が不足すると、脳内での情報伝達がうまくいかず物忘れをしたり、集中力が低下したりする場合があります。また、加齢によって体内機能が低下すると、体内でアラキドン酸を合成する能力が衰えるため、このような方も直接摂取した方が望ましいでしょう。
[※1:樹状突起とは、神経細胞の一部で、神経細胞が、外部からの刺激や他の神経細胞から送り出される情報を受け取るために、細胞体から樹木の枝のように分岐した複数の突起のことをいいます。]
[※2:神経新生とは、脳のネットワークを構築するために、神経幹細胞が多数分裂して数を増やし、ニューロンなどに分化する過程のことをいいます。]
[※3:動脈硬化とは、動脈にコレステロールや脂質がたまって弾力性や柔軟性がなくなった状態のことです。血液がうまく流れなくなることで心臓や血管などの様々な病気の原因となります。]
アラキドン酸の効果
●免疫機能を調整する効果
アラキドン酸は、プロスタグランジンの材料となります。細胞膜に含まれているアラキドン酸はホスフォリパーゼという酵素によって切り出され、シクロオキシゲナーぜという酵素が働きかけることでプロスタグランジンに作り替えられます。
プロスタグランジンとは、生体調整ホルモン[※4]の一種で、免疫機能を調整する効果を持ちます。【1】
●学習力や記憶力を向上する効果
アラキドン酸は、脳の神経細胞の主要成分となるため、学習力や記憶力を向上する効果があります。
以前は、人間の脳の神経細胞は、3歳までがピークとされており、それ以降はひたすら死んで減っていくだけだと考えられていました。ところが最近になって、大人になっても神経新生が起こっていることが徐々に明らかになってきました。
また、神経細胞間で伝達物質の放出が起こるときには、細胞膜が柔らかい方がスムーズに情報が伝達されることが報告されています。アラキドン酸は細胞膜を柔らかくする働きがあるといわれていることから、学習力や集中力を向上させる効果があるといえます。【2】【4】【5】【6】
●高血圧を予防する効果
アラキドン酸は生体調節ホルモンであるプロスタグランジンの材料となるため、血圧をコントロールする働きがあります。
そのため、アラキドン酸は高血圧を予防する効果があるといえます。
●コレステロール値を下げる効果
アラキドン酸は、生体調節ホルモンであるプロスタグランジンの材料となるため、コレステロールを下げる効果があります。
コレステロールは、動物性脂肪の摂りすぎなど様々な要因により値が上昇してしまいますが、プロスタグランジンが正常に働くことで血中のコレステロール値を下げる効果があります。【3】
<豆知識>アラキドン酸は摂りすぎ注意
アラキドン酸は様々な効果を持ちますが、摂りすぎてしまうことによってこれらの効果が全て逆に作用するという特異な性質を持っています。
アレルギー体質の方や生活習慣病[※5]を予防したい方はアラキドン酸の過剰摂取に注意が必要です。
[※4:生体調整ホルモンとは、生きていく上で重要な生体機能を調節するホルモンのことです。]
[※5:生活習慣病とは、病気の発症に、日頃の生活習慣が深く関わっているとされる病気の総称です。糖尿病、脳卒中、脂質異常症、心臓病、高血圧、肥満などが挙げられます。]
アラキドン酸は食事やサプリメントから摂取できます
アラキドン酸を多く含む食品
○肉類
○魚類
○レバー
○卵など動物性食品
こんな方におすすめ
○学習力や記憶力を向上させたい方
○物忘れが増えたと感じる方
○高血圧を予防したい方
○コレステロール値を下げたい方
アラキドン酸の研究情報
【1】免疫細胞の食作用に関して、血中HDLコレステロールおよびアラキドン酸濃度が関係していることから、アラキドン酸は免疫向上機能が期待されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21063085
【2】老齢ラットを対象に、アラキドン酸を含有した餌 (0.2%含有) を1日あたり20g の量で14週間経口摂取させたところ、学習・記憶の指標とされる海馬の長期増強 (LTP:long-term potentiation) の低下が抑制されたことから、アラキドン酸は記憶力維持に役立つと考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12871767
【3】マウスを対象に、アラキドン酸を摂取させたところ、マウス腹膜マクロファージにおけるコレステロールの生合成が低下しました。アラキドン酸は高脂血症および動脈硬化予防効果が期待されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20042190
【4】老齢ラットを対象に、アラキドン酸を含有した餌 (0.2%含有) を1日あたり20g の量で8週間経口摂取することにより、Morris型水迷路学習試験の場所課題において、逃避潜時を短縮し、加齢に伴う空間認知障害が改善されたことから、アラキドン酸は認知症予防効果が期待されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15811397
【5】満期出生児 (19人) にアラキドン酸 (総脂肪酸中0.72%) とDHA (総脂肪酸中0.36%) を添加した調製乳を与えた研究では、コントロール群 (20人) と比べ、精神発達指標 (MDI:Mental Development Index) が有意に向上しました。アラキドン酸は乳幼児の精神発達に役立つと考えられています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10755457
【6】野生型のラットを生後4週までアラキドン酸を含む餌を与えて飼育し、神経新生の様態を解析したところ、対象群よりも約30%神経新生が向上することが分かりました。また、Pax6変異ラットにもアラキドン酸含有餌を投与したところ、やはり神経新生は向上し、プレパルスインヒビッションの低下に改善傾向が認められました。これらのことから、アラキドン酸が神経新生を向上させ、精神疾患様行動を改善する可能性が示されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19352438
参考文献
・上西一弘 栄養素の通になる第2版 女子栄養大学出版部
・中嶋洋子 栄養の教科書 新星出版社
・吉田企世子 安全においしく食べるためのあたらしい栄養学 高橋書店
・中屋豊 よくわかる栄養学の基本としくみ 秀和システム
・中嶋 洋子 著、阿部 芳子、蒲原 聖可監修 完全図解版 食べ物栄養事典 主婦の友社
・Gutowska I, Ba?kiewicz M, Machali?ski B, Chlubek D, Stachowska E. (2010) “Blood arachidonic acid and HDL cholesterol influence the phagocytic abilities of human monocytes/macrophages.” Ann Nutr Metab. 2010;57(2):143-9.
・Kotani S, Nakazawa H, Tokimasa T, Akimoto K, Kawashima H, Toyoda-Ono Y, Kiso Y, Okaichi H, Sakakibara M. (2003) “Synaptic plasticity preserved with arachidonic acid diet in aged rats.” Neurosci Res. 2003 Aug;46(4):453-61.
・Rosenblat M, Volkova N, Roqueta-Rivera M, Nakamura MT, Aviram M. (2010) “Increased macrophage cholesterol biosynthesis and decreased cellular paraoxonase 2 (PON2) expression in Delta6-desaturase knockout (6-DS KO) mice: beneficial effects of arachidonic acid.” Atherosclerosis. 2010 Jun;210(2):414-21.
・Okaichi Y, Ishikura Y, Akimoto K, Kawashima H, Toyoda-Ono Y, Kiso Y, Okaichi H. (2005) “Arachidonic acid improves aged rats’ spatial cognition.” Physiol Behav. 2005 Mar 31;84(4):617-23.
・Birch EE, Garfield S, Hoffman DR, Uauy R, Birch DG. (2000) “A randomized controlled trial of early dietary supply of long-chain polyunsaturated fatty acids and mental development in term infants.” Dev Med Child Neurol. 2000 Mar;42(3):174-81.
・Maekawa M, Takashima N, Matsumata M, Ikegami S, Kontani M, Hara Y, Kawashima H, Owada Y, Kiso Y, Yoshikawa T, Inokuchi K, Osumi N. (2009) “Arachidonic acid drives postnatal neurogenesis and elicits a beneficial effect on prepulse inhibition, a biological trait of psychiatric illnesses.” PLoS One. 2009;4(4):e5085. doi: 10.1371/journal.pone.0005085. Epub 2009 Apr 8.